宣戦布告 ④
「んっふっふー、なるほどそれでおいらに助っ人を頼もうと……うーん無理だね!」
「なんでよー!」
腕で大きくバツ印を作る宮古野の胸ぐらを、甘音は激しく揺さぶる。
それでも被害者である大天才は口を真一文字に結んだまま、抵抗の意思を崩さない。
「甘音さん甘音さん、それ以上はキューさんの頸椎が大変なことになってしまいます」
「ぐぬぬ……理由を説明されないと納得できないわ!」
「いやー学生間の諍いにおいらが関与しちゃダメだよ、山田ちゃんだけならまだしもほかの生徒も参加しているんでしょ?」
「うぐっ、そりゃそうだけど」
「それにSICKは秘密組織だ、秘匿すべきテクノロジーをひけらかすような真似はおいらにゃできないぜ」
「そう言われるとぐうの音も出ないわね……」
「ご納得いただけて何よりだ、力は貸せないけど応援はするからぜひとも頑張ってくれよ」
つらつらと並べられる道理に、甘音は反論する言葉を失う。
しかし2人のやり取りを傍観していたおかきは、どうしても拭えない違和感を感じていた。
「キューさん、5分ほど携帯を貸していただけませんか?」
「………………なんでかな、おかきちゃん?」
目に見えてわかる動揺。 そしてたっぷり10秒かけて処理落ちから復帰した宮古野が、油が切れたような首の動きでおかきへ向き直る。
その顔にはたっぷりの冷や汗が滲んでいた。
「いえ、なんとなくです。 そもそもキューさんはなんで今日に限って学園にやってきたのかなと」
「そりゃおいらだって一応は学生だからね? たまにはちゃんと出席しないとAPもなくなっちゃうしさ」
「あんた学園に技術提供してるから3回は卒業できる額のAPもらってるでしょ」
「いやいや、おいらだって青春を満喫したいときもあるんだよ? 地下にこもってばかりじゃ気も滅入るからねえ!」
「あんたこの前、古いゲーム発掘してしばらく地下にこもってカウチポテトだってうかれてたじゃない」
「………………」
「キューさん。 これは私の妄想なので違うなら怒ってほしいんですけど、もしかしてすでに忍愛さんからワイロを」
『この機体は5秒後に機能停止します、周囲の方々は危険ですので離れてください』
「うがー!! こいつぅー!!!」
今度こそ激昂した甘音が宮古野の胸ぐらに掴みかかるが、その身体はすでに糸の切れた人形のごとく弛緩している。
その衝撃で取れた腕は金属質な音を立てて床に落ちた、この部屋にいた宮古野は最初から影武者のロボットだったのだ。
「先手を打たれましたね。 さすが忍愛さん、抜け目がない」
「言ってる場合じゃないでしょ! どうするのよ、キューの頭と山田の肉体が組んだら勝ち目ないわよ!?」
「まあまあ、おそらく忍愛さんにもそこまで手は貸していないと思いますよ」
焦る甘音とは対照的に、おかきはあくまで冷静だ。
さきほど宮古野が協力を断るために並べた理由は、ひっくり返せばそのまま忍愛を贔屓できない理由にもなる。
「キューさんが頼まれたのは“過度な肩入れをしないこと”までだと思います、まだ私たちにも勝ち目は残されていますよ」
「ほんとぉ? なんかレアなコレクションを餌にして山田贔屓してない?」
「もちろんその可能性はありますが……念のために釘も刺しておきましょうか」
――――――――…………
――――……
――…
「すまなかったな、おかき。 うちの副局長にはしっかり灸を据えておく」
「いえいえ、未遂で終わって何よりです」
「だってぇ! 山田ちゃんが今度発売するピュアポリの新規造形フィギュア販売抽選会一緒に参加してくれるからってぇ!!」
球技大会に向けて着々と準備が進むその週末、おかきはいつものSICK地下基地まで足を運んでいた。
修繕された食堂では顔をしわくちゃにした宮古野が、麻里元に頭部を鷲掴まれて宙ぶらりんとなっている。
「こいつの言う通りだ、宮古野 究の科学技術はもはやSICKの根幹を担っている。 衆目に晒される可能性を排除してくれて助かった」
「だからそこまで手を貸すつもりはなかったってばぁ、この曇りなき眼を見ておくれよ!」
「そうかそうか。 ところでお前があの学園に持ち込んだ影武者だが、よくできた玩具だな?」
「違うんだよおいらはこれでも重要な役職だし万が一にでも暗殺されると困るわけじゃんだから石橋を叩いてぶっ壊してから隣の鉄橋を渡るぐらいの心構えで決してこっそり外出がばれないようにダミーを用意したわけじゃあだあだだだだだだぎゃあああああ!!!!」
「頭蓋骨が悲鳴を上げている……」
「本当にわざわざ足を運んでもらってすまなかったな、貴重なAPだろうに」
「いえ、それについてはウカさんたちから借りることができたので」
赤室学園では、週末の学園外出権をAPによって購入できる。
高いわけではないが、毎週購入するには少しためらう額だ。
甘音が誘拐された時はSICK特例として免除されたが、今回は私事での外出。 転入したばかりのおかきでは懐が痛む出費になる。
「補填はこいつのAPから色を付けて支払おう。 それで、球技大会の調子はどうだ?」
「進捗駄目です……というほどではないですが、なかなか厳しいですね」
ウカたちが必死にメンバーを集めているが、このままでは参加規定人数ギリギリ集まるかどうかというのがおかきの見立てだ。
頭数をそろえるまで時間がかかるほど、練習に割く時間も減っていく。
メンバーの質なんて気にする余裕もないほどに、切羽詰まった状況だ。
「悪花の奴はどうだ? 山田へ個人的な恨みもある、それにあいつの能力なら役に立つだろう」
「スカウトしてみましたけどダメでした、むしろ“オレが優勝したらお前を引き抜いてやるぜ”と言ってまして……」
「厄介な優勝賞品を用意してくれたものだな、あの金髪ロン毛め」
「一難去ってまた一難、ですね。 それで、今日私が呼ばれた理由は何でしょうか?」
「ああ、その件だが」
「―――あっ、いたいた! やっぱり来てたのね、探偵さん!」
ビービーと鳴り渡るけたたましい警告音とともに、おかきにとってはうんざりするほど会いたくなかった人物の声が近づいてくる。
麻里元たちの顔を見れば、おかきと同じように頭痛を訴えるこめかみを押さえて眉間に険しい皺を刻んでいた。
「探偵さん、会いたかった! こんな格好で恥ずかしいけど、まずは一緒にお茶でもどう?」
「……久しぶりですね、アクタ。 どうしてあなたは大人しくできないんですか?」
おかきが背けたかった現実に目を向けると、両手をベルトで拘束されたアクタが満面の笑顔を浮かべていた。
ゆっくりと歩み寄る彼女の背後で、まるで特撮作品のごとき爆発と白煙を何度も吹き上げながら。




