宣戦布告 ③
「理事長が……なんでも願いを?」
「ええ、もちろん倫理と法が許す範疇になりますが」
「なんでも……」
繰り返し呟いた生徒の一人が生唾を飲み込む。
この広大な赤室学園を創設した理事長直々に「何でも願いを叶える」と言っているのだ。
良識という枷こそあれ、並大抵の欲望なら叶うと言っても過言ではない。
「せ、世界一周旅行行きたい!」
「行ってよし!」
「ポリピュアの新作……強請ってもいいかなぁ!?」
「強請ってよし!!」
「むかつく彼女持ちども……全員売捌してええのか!?」
「売捌してよし!!!」
「倫理と法どこいった?」
理事長のパフォーマンスに運動場が熱狂の渦に飲み込まれる。
言うこともやることも無茶苦茶な理事長だからこそ、どんな無茶苦茶な願いにもこたえてくれるという奇妙な信頼関係がそこにはあった。
「山田さん、あなたが藍上さんのクラス替えを望むなら優勝すればいい。 これなら全員フェアでしょう、よろしいですか天笠祓さん?」
「……まあ、それなら不満はありませんけど。 ただ優勝といっても球技大会は1競技だけじゃないですよ?」
「ええ、わかっております。 なのでどの競技でも優勝さえすれば願いを叶えましょう」
「ずいぶんと大盤振る舞いやな、大丈夫なんか?」
「どうにかしますとも、むしろあなたたちがどんな無茶ぶりをしてくるのか……んふふふふ、面白そうですねえ!!」
「ふーん、とにかくこれで問題もなくなったし勝負だもんね! 新人ちゃんはボクがいただくよ、球技大会を楽しみにしてな!」
「おう、一昨日来ぃや」
その場に煙玉を叩きつけ、おかきを残して忍愛の姿がドロンと消える。
ついでにいつの間にか理事長の姿も消えていた。 神出鬼没にもほどがあるが、いつものことなのか生徒たちは全く動じる様子がない。
「相変わらずね、たぶん今日中に優勝賞品の件は広まるわよ」
「こりゃ山田だけの問題じゃなくなったな、他の連中も目の色変えてくるで」
「なんだか大変なことになってしまいました……」
「にょぉん」
「「「「うおおおおおおおおやったるぞおおおおおおおお!!!!」」」」
唐突に与えられた餌は実に甘美なもので、周りの生徒たちは大変な盛り上がりを見せている。
もちろんおかきも参加するからには優勝を狙いたいが、そうなると問題はどの競技を選ぶかだ。
「卓球、バドミントン、ビリヤード、テニス……1vs1は駄目ね、山田相手に勝ち目が薄いわ」
「狙いは集団競技で決まりや、その中でもとくに勝機があるのは……」
「……野球、でしょうね」
チーム競技でも突出した個の力でゲームを動かせる種目は、忍者の身体能力で蹂躙される可能性が高い。
しかし野球はいくら個人が突出しようと1/9の力でしかない、打順が回ってくる前に3回アウトを取れば封殺できる。
「守備については対策必須としても他の競技よりはマシね、それに野球なら9人で優勝が狙えるわ」
「理事長におねだりできる可能性も9倍や、こりゃ全員本気で優勝狙うしかないわな!」
「「「「いや……別に……」」」」
「なんでや!?」
ウカのやる気に反し、周囲の同級生たちから返ってきた反応はくすぶり気味だ。
彼らにとってみればウカが出場する競技=忍愛と戦わなければならない競技となる。
勝てる算段があるとはいえ、直接勝負を挑むよりもほかの競技に挑んだ方が優勝できる可能性が高いと考えているのだろう。
「甘音さん、去年の忍愛さんは何の競技に出場したんですか?」
「バスケよ。 一瞬でもボールに触れたらコート全域から3Pシュート撃ってくる化け物だったわ」
「分かってはいましたけどとんでもないですね」
おかきは敵に回した忍愛の面倒くささを再確認し、同時に同級生の戦意についても納得した。
聞きかじりのおかきとは違い、彼らは実際に蹂躙されるバスケの現場を目撃したはずだ。
トラウマ級の怪物をもう一度相手にする気力が湧かないのも無理はない。
「なんやこのタマナシどもが! 今度こそうちらが勝つって気概はないんか!」
「ウカっち、私たちはやるよ!」
「おかきちゃんよそに持っていかれちゃたまんねえし! 戦争だ戦争!!」
「乙女の初恋は自分で守らなきゃならないんだから!!」
「よっしゃあ! 気合が入ったやつは大歓迎や!!」
「大丈夫ですかね、この勝負」
「まあ勝てるように頑張るしかないわよ、私だって優勝したいし」
「にゃのぉん」
ベース上で繰り広げられる体育会系のノリを、おかきたちはベンチから眺める。
参加人数はどうにかなりそうだが、このままでは忍愛に勝つことは難しい。
甘音のいう通り、勝つためには相応の努力が必要だ。
「まず基礎トレーニングが必要ね、それと私特製ドーピング剤(未認可)もあるけど……」
「甘音さん甘音さん、薬物は反則です」
「チッ、そうなるか。 仕方ない、ここは違法にならない脱法スレスレの助っ人を頼るしかないわね」
「脱法……?」
――――――――…………
――――……
――…
「……んにゃるほどにゃるほど、それでおいらのところまでやってきたわけかぁ~」
新設された実験室が利用されているため、現在は人気がない旧化学実験室。
おかきたちが通う校舎内に併設された開かずの教室に、怪しい影がうごめく。
「そうよ、このまま黙っておかきを連れていかれちゃたまらないわ! 力を貸して、天才!」
「ぬっふっふ、その慧眼素晴らしきかな! この大・天・才! 宮古野 究を頼るなんてねえ!」
回転椅子に座りながら上機嫌にグルグル回る影の主が、甘音とおかきに向き直ってぴたりと止まる。
今は誰も使わない旧化学実験室の主、その正体はおかきたちと同じ制服に身を包んだ大天才・宮古野 究だ。
「そういえばキューさんもここの生徒でしたね」
「おいらもカフカだからね、出席は気分次第だけど。 それじゃ、何があったのか話を聞こうかな?」




