天使の後始末 ④
『――――それでは、報告を聞かせてくれ』
「はい、とはいえ概要はすでにお話した通りですが」
おかきたちが学園生活に復帰している最中、麻里元は暗い部屋の中で一人、通信を繋いだ5台のモニターと対峙していた。
壁に固定されたモニターにはそれぞれカエルやウサギのポップな顔が表示され、通話者が喋るたびに口がパクパクと動いている。
『たしかに事件の報告は受けているよ。 だがね麻里元君、捕らえたテロリスト共の処遇は今どうなっている?』
「現状SICKで保護しております。 今後は精神鑑定とメディカルチェックを通し、各自能力について検証を進めながら……」
『寝ぼけた対応だ、“裏”に通じるテロリストなど人権を尊重してやる必要などない』
右端のモニターに映る柴犬の口が開き、渋い声色で非情な意見が飛ぶ。
この場に並ぶ5つの動物はすべて、SICKより上の権限を持つ政府の人間だ。
異常現象を管理・隠蔽するSICKを監視し、不測の事態が起きぬようにこうして指示を下す立場にある。
ただし、彼らが示す方針は麻里元と一致しないことも多い。
『そうね、あなたが飼っている怪物たちと同じく奇妙な力を持っているのでしょう? さっさと処分した方が善いのではないかしら』
「お言葉ですが、正体不明の力を持つからこそ慎重な対応が求められます。 “破壊したから安全”と断言できないのが我々が扱う超常存在です」
『しかしねえ、何かあってからでは遅いのだから……』
『とはいえ人間ですよ? すぐに殺すというのは倫理的にも問題では?』
『犯した罪を考えれば国家転覆に繋がりかねない、死刑すら妥当と言える』
『早計では? それに我々が罪の大小を測り裁くなど傲慢だ』
イヌにウサギにネズミにカエル、モニター越しにボイスチェンジャーを掛けた声たちが喧々諤々の議論を奏でる。
こうなると麻里元が口を挟む余地はない。 しばらくは好きに語らせ、疲弊したところで着地点を探すのがいつもの仕事だ。
『――――皆さん、その辺りにしませんか』
しかし、その日の議論は違った。
中央のモニターに映ったネコの一言により、会議は水を打ったように静まり返る。
『どちらの意見にも一理ある、今この場で結論を出すことは不可能だ。 そうでしょう?』
『まあ……その通りですな……』
『麻里元局長、あなたたちが捕らえた異常能力者の処遇は委ねます。 しかし経過観察と報告はお願いしますね』
「もちろんです、危険な兆候があればただちにご報告いたします」
『ええ、処遇を決めるのはそれからでもいいでしょう。 皆さんもそれでよろしいですかな?』
『…………』
ネコの問いかけに異論を述べるものはいない。
それはぐうの音も出ないわけではなく、ただ“彼”の言葉に異を唱えることを恐れて口を噤んでいるのだ。
『ではそのように。 麻里元局長』
「はい、お任せください」
『私は、あなたがたの成すすべてに期待しています。 それでは』
すべてのモニターとの接続が一斉に切れ、部屋に灯りが戻り始める。
胃が痛くなる会議を乗り越えた麻里元は、疲労が募ったため息をこぼし、乱暴に椅子へ腰かけた。
「お疲れさまー、まーた無茶ぶりされたのかい?」
「セーフティーロッカーに保管している呪詛霊具一式を衝動的に持ち出すところだった」
「相当怒ってるなこれは、まあまあ飴でも舐めな」
「むっ……」
宮古野から差し出されたキャンディーを齧り、怒りを腹の底へ収める。
現場の苦労を理解しない上司たちへの報告は、麻里元の胃腸を荒らすストレスの種だった。
「それで、今回は何言われたのさ」
「アクタたちの処分について言及された、いつ爆ぜるかわからぬ爆弾はさっさと解体すべきだと」
「簡単に言ってくれるね、破壊しようとして悪化した例も少なくないのに学習しないもんだ」
「だが今回は“ネコ”に助けられたよ、しばらくはSICKで保護観察ができそうだ」
話しながら舌の上で飴を転がすと、酢漬けしたオクラの味わいが麻里元の口内に広がる。
菓子としては不適切な味わいだが、それでもとくに気にも留めずにかみ砕いて飲み込んだ。
「あの人か、そりゃ誰も文句なんて言えないね」
「ああ、おかげでスムーズに会議を終えることができたよ。 それで、問題児たちの様子は?」
「今のところみんな大人しく従ってくれてるけど、アクタがそろそろ暴れるかもね。 おかきちゃんと会わせろってうるさいんだ」
「週末にスケジュールを調整できないか聞いてみよう、それまで辛抱するように伝えてくれ」
「あいあーい。 それと實下のやつが目覚ましたからインタビュー進めておくね、大した情報は持ってなさそうだけど」
「ああ、方針は一任する。 任せたぞ宮古野」
「任されたぜぃ局長、残ってる仕事はおいらが半分もらっていくから少し休んでなよ」
「助かるな、そうさせてもらおう。 さすがに少し疲れた」
麻里元は背もたれに体重を預けると、そのまま瞼を閉じて仮眠に入る。
時間にして30分ほどの休息になるが、それでも激務が続く彼女にとっては貴重な睡眠時間だ。
次に片付けるタスクについて考えながら、麻里元はゆっくりと意識を睡魔に溶かしていった。
――――――――…………
――――……
――…
「……あっ、ネコ」
「にゃおぅん」
放課後、おかきは校舎裏の茂みで出会った黒猫と戯れていた。
山奥の立地になぜ野良猫がいるのか、それとも毛並みがいいので誰かの飼い猫なのか。
色々と気にかかることはあるが、おかきは何はともあれ腹を見せて転がる猫を撫でる。
「どこから来たんですかね、良い餌を食べている肉付きですよこれは」
「にょぉおん、ぅにゃぁん」
「そうですかそうですか、お仲間がいるのですね。 それは大事にしないといけないですよ」
喉を鳴らして頭を掌に擦り付けてくる黒猫はかなりの甘え上手だ。
その期待に応えたおかきもまた、全力で猫の全身を撫でまわす。
……今の彼女にこんな道草を食っている暇はないはずなのだが。
「おかき、いたわね! 球技大会の練習始めるわよー!」
「おかきくん、我々演劇部とともに来る学園祭に華を咲かせようじゃあないか!」
「おかきちゃん、ミスコンの衣装なんだけどちょっと採寸させてくれない!? ちょっとだけ、先っちょだけだから!」
「新入生ちゃーん、ビブリオバトルに興味ない? 一緒にエントリーしてくれたら嬉しいなーって!」
「藍上 おかきはただいま不在です。 御用のあるかたはニャーという着信の後にメッセージを残してください」
「にゃぁー」
背後から聞こえてくる騒がしい喧噪から目をそらし、現実から逃げるようにおかきは猫を撫で続けていた。




