天使の後始末 ②
「……全員に杯は行き渡ったな? では事件解決を記念して」
「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」
じゅうじゅうと焼ける肉の音を聞きながら、各々が手元のコップを掲げる。
事件の後日、おかきたちは某焼肉屋にて打ち上げを行っていた。
「約束通り今日はうちのおごりや、全員遠慮せずじゃんじゃん注文せえ!」
「すみませーん、このシャトーブリアン10皿大盛りでくださーい!」
「おう山田、お高い肉もええけどこっちのユッケも美味いで」
「パイセンそれただの生豚肉!」
「というか私も一緒にいていいの? なんか場違いな気がするんだけど」
「お前も当事者だからいいんだよガハラ、それより酒頼んでいいか?」
「悪花、おいらたちまだ学生だってこと忘れないでくれよ」
「ボス……未成年飲酒、ダメゼッタイ……です」
「ちなみに私は遠慮なく飲むぞ、学生諸君を眺めながら飲むビールほどうまいものはない」
「麻里元テメェ表出やがれ!!」
「まあまあ悪花さん、ここはひとつコーラで我慢してください」
局長の麻里元を含め、総勢8名のメンバーが和気あいあいと盛り上がる。
アクタが巻き起こした事件に携わった職員はほかにもいるが、あまり大所帯になると店に迷惑となるのでこの面子だけで開かれたささやかな宴だ。
「チッ……しかたねえ、肉食ってごまかすか。 ミュウ、こっちの肉は焼けてるからどんどん食え。 野菜も一緒に摂れよ」
「………………」
「どうしても野菜が嫌ならそこの狂科学者どもが作った栄養サプリもあるが」
「お野菜いただくです……!」
「よし、偉いぞ。 おかき、お前も小さいんだからどんどん食えよ」
「せやせや、うちに遠慮することないからな。 ほらタン塩焼けてるで」
「おかきちゃん、こっちもカルビが良い感じだぜぃ。 どんどん食べな、ご飯もっといるかい?」
「私そこまで大食いではないのですが……」
今回のMVPであるおかきの前には、山盛りのご飯と焼きたての肉が盛られていく。
以前の肉体ならいざ知らず、藍上おかきとして食するにはすでに許容外の量だ。
「ってかおかき、お前その腕大丈夫なのかよ。 飯食えんのか?」
「まあ、包帯の隙間に箸を突き刺せば何とか」
おかきの利き手はがっちり包帯で固定され、とてもじゃないが食事に適した状態ではない。
SICKで十分な治療を受けたが、それでも負傷した腕の回復にはまだ数日ほどの時間を要する。
「傷は残らないってのは保証するよ、けどどうしても自然治癒には時間かかっちゃうからね。 一応5秒で完全に治す手段もあるけど」
「寿命を消費してまで治すほどではないだろう、名誉の負傷と思って少し辛抱してくれ」
「なにやら物騒な治療法があるんですね、辛抱します」
おかきは包帯に箸を差してもぞもぞ動かすが、肉一つ摘まむのにも一苦労だ。
どうしようもないもどかしさにやきもきしていると、横からおかきの口元に焼きたての肉が付き出された。
「んっ。 手、使えないんでしょ? 口開けなさい」
「いや、その、甘音さん? さすがにそれは恥ずかしいというか……」
「ほら、あーん!」
「あーん……」
拒んでも無駄だと悟り、おかきは観念して口を開く。
放り込まれた熱気をほふほふと逃がしながら味わえば、とろける肉の脂と特製タレの香ばしい甘味や酸味が混ざり合った美味が舌を喜ばせる。
思えばお世辞にも裕福とは言えなかった早乙女 雄太としての生活、上等な焼肉なんて口にしたのは何年ぶりだろうか。
「どう? 美味しい?」
「美味しいでふ……」
気づけばその頬には、熱い涙が伝っていた。
「いいなあ、お熱いなあ。 ねえねえ悪花様、ボクも頑張ったことだしご褒美のあーんとか」
「あ゛ぁ゛ん?」
「ッス、ナンデモナイッス……」
「ほんで局長、あのアホ共の処遇はどうなるん? とくに實下ってやつ」
「ああ、今は治療兼保護観察中だ。 薬物が抜け次第尋問に入る」
「むっ、彼も”妙薬”を摂取していたんですか?」
おかきは次々差し出される肉を咀嚼しながら、局長とウカの話に耳を傾ける。
實下の話だと彼本人は先天的に獲得した異常能力だったはずだ、わざわざ天使の妙薬を摂取する必要はない。
「快楽目的でたまに服用していたんだ、あれは麻薬としての性能も高いからな」
「そうですか……って、お店でこんな話して大丈夫ですか?」
「問題ない、この店は以前に仕事で調査に入ってね。 それ以来SICKの庇護下に置かれている」
「おいらたちにとっていやな事件だったね、練炭塩ダレ骨付きカルビ事件……」
「気になるような聞きたくないような」
「聞かない方が良いわよ、たぶんね」
甘音の助言に従い、おかきはそれ以上は言及せずに食事へ口を使うことにした。
肉、野菜、ご飯、肉、ご飯、肉、肉、野菜、ウーロン茶、ご飯。 胃が許す限界まで久しぶりの贅沢を堪能する。
「それで、ほかの異常能力者たちだが全員協力的でね。 今は監視付きでエージェントとして雇えないか検討中だ」
「うぇっ、あのデッカいニセボスも味方になっちゃうの?」
「彼は洗脳の影響がひどいのでリハビリが先だな、今もコミュニケーションすらたどたどしい。 だが2つ成果があった」
「と、いいますと?」
「1つは彼の能力。 天使の妙薬に関わっていた薬剤生成の異能を解析すれば、中毒を緩和する解毒剤を作ることも夢ではない」
「現在おいらが指揮を執ってるチームが解析作業中だ、あと一週間もあれば試作品は出来上がるんじゃないかな」
「そりゃいいな、あの爆発にも多少は取り残したヤクが含まれてたんだろ? 誤差だろうが汚染被害がないとも言えねえ」
レキと次元の協力により、地下に詰め込まれていた麻薬はほとんど外へ運び出すことができた。
だがすべてを回収することは不可能だった、あの夜に吹き上がった火柱の中にはわずかながら天使の妙薬が溶け込んでいたことに変わりはない。
「爆発の影響範囲を演算し、対象地域には秘密裏に解毒剤を散布する予定だ。 これが1つ、良い知らせの成果だ」
「……と、いうことはもう1つの成果は悪い知らせってことですね」
「ああ、そもそもの問題だがいったい天使の妙薬はどこから生まれたものなのか」
麻里元が手元のジョッキを傾け、杯に残っていたビールを飲み干す。
その様子を恨めしそうに悪花がにらみつけるが、あくまで学生の身分と肉体を持つ以上は耐えるしかなかった。
「……毒島と實下、2人の証言を照らし合わせたが天使の妙薬は彼らの独力で作られたものではない。 ベースとなる薬物を提供した第三者がいる」
「おいおい、そいつの目星はついてんのか?」
「残念ながら、アジトは跡形もなく吹き飛んでしまった上に本人たちも実際に顔を合わせたことはないそうだ」
「つまり……真犯人はまだ隠れているわけですか」
「ああ、十中八九これで終わりではないだろうな」
楽しかった宴会の空気がしんと静まり返る。
アクタたちが引き起こした今回の事件はたしかに解決された、しかしその跡に残されたものは大きい。
胃の腑にずっしりとのしかかる「謎」は、肉と一緒に飲み込むにはあまりにも重かった。




