絵にも描けないおぞましさ ④
「あ~~~~れぇ~~~~~~…………デスッ」
「……おい、今のはリュシアン王子ではないのか?」
「そうですね、檻に詰め込まれて運ばれてましたね」
「運び込まれたらどうなるんだ?」
「わかりかねます、しかし良い待遇が受けられるようには見えなかったです」
「……まずんじゃないのか!?」
「かなりまずいですね、でもあなたに言われるとは思っていませんでした」
岩場の影に隠れた私たちの目前、異形たちに檻ごと担がれた王子が城の中へと入っていった。
たしかに状況はよろしくないが、自分より慌てている人間を見ると逆に落ち着いてくる。
そもそもイオルドは王子を殺そうとしていた立場、本来ならむしろ喜ばしいはずだが。
「こんなところで王子が殺されるのは私の望むところではない、なんとしてもヴァルソニアに王子の身柄とあの本を持ち帰らねば……!」
「なるほど、あなたの目的を果たすためには条件を整える必要があると」
「貴様らのせいでなにもかもが滅茶苦茶だ! クソッ、せめて本さえあれば……」
「ないものねだりは時間の無駄ですよ、今ある手札で戦うしかありません。 というわけで行きましょう」
「……行くって、どこに?」
「無論、城の中です」
陀断丸さんを佩き直し、軽く手足の筋肉を解す。
ウカさんたちの行方はともかく、たった今目の前で王子が城内へ運び込まれた。 突入する理由としては十分だ。
「……お前、戦えるのか?」
「あいにく見た目通りの戦闘力しかありませんよ、そういうあなたは?」
「………………」
イオルドはそれ以上何も言わず、気まずそうに視線を逸らす。 つまりはそういうことだ。
揃いも揃って一般人が2人、とてもじゃないがエビやシャコの怪人たちに適うイメージが湧いてこない。
だが何も戦うばかりが攻略方法ではないはずだ。
「ミカ、あの門番2名の視界を誤魔化してください。 できますか?」
『で、できないことはないと思う……けど、長くはもたない』
「10秒あれば十分です、走りますよ!」
「はっ? あっ、おい待て! まさか愚直に正面から突っ込む気か!?」
もたもたするイオルドの手を引き、堂々と城門目指して走り出す。
王子を通すために門が開かれている今がチャンスだ、閉じる前にもぐりこまなければ次はいつ開くかわからない。
それにミカの視覚誤認能力があれば門番の目を掻い潜ることも難しくはない……
「ギギ……! 侵入者! 侵入者!」
「可愛い侵入者とオヤジ! バチカワ侵入者とオヤジ!」
「……あ、あれぇ?」
……はずだったのに、なぜかシャコたちは私のことをバッチリ見ている。
ミカが裏切った? いや違う、私の後ろで千切れんばかりに首を横に振っているのが音だけでわかる。
『ち、違……私はちゃんとやったぞ、だけどダメだ! こいつら、目がおかしい!』
「目が……あっ」
頭の中に自分がまだ早乙女 雄太だったころの記憶が蘇る。
たしかボドゲ部のセッション中、部長がうんちくの1つとして得意げに語っていた。
なんでもシャコの視力はすさまじく、人間が知覚できない色や光の波長すらも認識できると。
「そっか……ミカの能力で誤魔化せるのは、人間の視覚で見える範疇だけなんですね……」
「ギチチ! 確保、確保ー!!」
「おい、何か策があったんじゃないか!? おい!!?」
『姫! お逃げくだされ、姫ェー!!』
「……だ、大事なところでファンぶっちゃったぁ~!」
――――――――…………
――――……
――…
「……ん?」
「どうしたウカっち、トラブルかい?」
「いや、なんや今珍しく情けないおかきの悲鳴聞こえた気ぃしてな」
「なんだそれはちょっと気になるな、けど今はこっちに集中してくれ」
「せやったなぁ……で、竜宮城やったっけ?」
おかきが門番たちに捕まっているそのころ、ウカと宮古野は案内された大広間で、怪人たちと話の続きを交わしていた。
元は宴会のために使われていた部屋なのだろうが、今はもはや見る影もなく荒廃している。
かつての繁栄を思わせるものは、泣きながら中央に座する忍愛の衣装ぐらいだ。
「ううぅ、パイセンがぶったぁ! 親にもぶたれたこと……結構あったけど」
「竜宮城か、まさか実在していたとはね」
「SICKでも初見なんか、大発見とちゃう?」
「これが本物ならね、まあ何をもって本物と定義するかは不明だけど」
竜宮城、それはほとんどの日本人はその名前を一度は聞いたことがある名前。
浦島太郎がカメを助けた褒美に連れ込まれ、陸へ戻ったころには数百年の月日が過ぎていたというデストラップキャッスルだ。
「ちゅうことはうちらもこうしてる間に何年も過ぎてるんとちゃうか?」
「ギチ……今は乙姫サマがいない、時間の流れは変わらない」
「それは朗報だけど問題はそこだ、なぜ乙姫様は居なくなった?」
「…………駆け落ち」
「「「駆け落ち」」」
思ってもみない回答にカフカ3人の声が揃う。
「乙姫サマ……ウラシマにホの字、だから一緒に陸へ上がった」
「ギチチ……我ら置いて行かれた、魚たちもいなくなった、残ってるの我らだけ」
「それが城の荒みっぷりと人気が少ない理由か、歴史の真相大発見だぜ」
「なんで甲殻類が残ってんのかっちゅう疑問はあるけどな、ほんで新しい姫さん探して山田が見初められたと」
「ギチ、妥協……」
「妥協言うな!!」
「うーん、なるほどなるほど……」
ここまでの話を頭の中でまとめながら、宮古野は腕を組んで唸り始める。
このカニたちにとって忍愛は妥協、ということはよりふさわしい候補が見つかればそちらを選ぶということだ。
“絵にも描けない美しさ”……本来なら無理難題なお題だが、不思議と宮古野の頭にちょうどいい候補が1人浮かび上がっている。
「なあキューちゃん、人間にとっての“可愛い”ってカニやエビにも通用すると思うか?」
「奇遇だねウカっち、同じことを考えてたよ。 彼らの性癖は人に近しいものがある、なにより……」
「――――ウカさぁ~ん……忍愛さ~ん……誰かいませんかぁ、助けてくださぁい……」
「デスゥ~~~~……」
「……たった今目の前を横切っていた2人は、山田っちよりかは乙姫らしいとおいらは思っちゃうぜ」




