絵にも描けないおぞましさ ②
「お前は……さっきのガキ!!」
「発言には気をつけてくださいね、私は今真剣を持っています」
あぶなかった、抜刀していたらつい斬りかかっていたかもしれない。
ギリギリ理性が勝ったのは私が大人だからだ、決して子どもなんかじゃない。
「ふぅ……なぜあなたがここに? 不時着した飛行機から確保されたと聞きましたが」
「ふ、ふん……私も訳が分からん、突然船ごと大渦に飲み込まれたと思ったらこの始末だ。 ここはいったいどこだ?」
「……なるほど」
悪い予感が当たってしまった、どうやらイオルドたちを回収していたSICKの船もあの穴に飲み込まれたようだ。
そうなると今すぐ救援が駆け付けるとは限らない、地下基地にいる職員たちが異変に気付くのも時間がかかる。
「そ、それよりここはいったいなんだ!? お前たちの仕業か!? あのバケモノはいったい何なんだ!!」
「落ち着いてください、質問は1個ずつお願いします……というより、あなたの仕業ではないんですか?」
「そんなわけあるか、あの“本”はどうした!? あれがあればこんな気味の悪い場所など……!」
「キューさんに預けましたが現在地は分かりませんね、しかしあなたが原因ではないとなるといよいよもってどういうことやら」
本人の反応から見てこの状況がイオルドの悪あがきという線は消えた。
まだヴァルソニア王国の特性が何らかの悪さをしている可能性はあるが、未知の要素はいくら考えてもキリがない。
今のところ、この件に関してイオルドはシロと見ていいだろう。
「そうなると不運にも全く異なる異常現象に巻き込まれたわけですが……」
「おい何をぶつくさと言っている、とにかくどうにかしろ!!」
「お静かに、あまり騒ぐとあの異形に気づかれますよ」
「っ……」
興奮している、というよりカラ元気を振り回していないと正気でいられないのだろう。
イオルドからすれば墜落死の危機から脱したかと思えばさらに海の底まで転落、緊張の連続で混乱しているだろうに、ギリギリ理性を保っているのは信仰のおかげか。
「こんな状況です、まずはお互い生存を優先しましょう。 お仲間はどこに?」
「……分からない、落ちた時に散り散りになった」
「私と同じですか、では私に同行してください。 1人より2人の方が生存率は高いでしょう」
「誰がお前の言うことなど……」
「それともここでバケモノに見つからないようずっと隠れていますか?」
「…………」
さきほどのグソクムシがよほど恐ろしいのか、イオルドはそれ以上何も言わず私の背後に追従する。
一度は命のやり取りをした相手に背後を取られるのは落ち着かないが、前に出ろと言ってもどうせ聞かないだろう。
それにイオルドの武装はSICKが接収済みだ、もしもの時はミカと陀断丸さんが憑いている私に分がある。
「おい小娘、どこか行く当てはあるのか……?」
「小娘じゃありません、藍上おかきです。 次は三枚おろしにしますからね」
「奇妙な名前をしおって」
「私だってこんな未来が待ってるならもっといい名前にしてましたよ! ……それはともかく行く当てはありますよ、わかりやすい目印が建っているじゃないですか」
『お、おいまさか……』
誰よりも先に嫌な雰囲気を察したミカが私の肩を掴むが、しかしそんな制止で止まるわけにはいかない。
状況把握のために外周を捜索していたが、ここまで味方とエンカウントしないといなると、皆が皆合流のために動き出している可能性が高い。
「待ち合わせと同じですよ、集まるとしたら目立つ場所――――腹は括りました。あの城に向かってみましょう」
――――――――…………
――――……
――…
「キューちゃーん、大丈夫かー?」
「ヴウェエ……頭グワングワンする……おいらの天才的頭脳が台無しだぜぃ……」
「落ちるまでだいぶ揺すられたからなぁ、休んどき。 しっかしなんなんやろなここ」
「か、可能性は3つほどあるねぇ……」
おかきたちがドーム中央に立つ城へ出立したころ、城内では宮古野とウカが一足先に潜入していた。
宮古野の顔色は蒼白に近く、彼女を背負ったウカも息をひそめて敵との遭遇を避けていた。
「①:イオルドの悪あがき説、②:ヴァルソニアの隠された特性説、③:まったく関係ない異常現象に巻き込まれた説、どれがいい?」
「キューちゃん的にはどれが有力なん?」
「③かな、イオルドの収容やヴァルソニアの研究に対してSICKの落ち度があるとは思えない。 なので消去法的においらたちが不運だったということになる」
「せやったら厄払い行った方がええかもな」
「神がそれを言ったらおしまいだぜぇ……うぇっぷ」
「うちの背中汚さんといてな?」
「ぜ、善処する……気晴らしに聞くけど他の皆は居そうかな?」
「少なくとも人らしい音は聞こえてへんな、幽霊らしき気配も」
ウカの頭から生えたキツネ耳はピコピコと忙しなく動き、周囲の音を絶えず拾っている。
だが城内に反響して聞こえてくる音の中に人間じみた足音はなく、硬く鋭いもので石を叩く乾いた音ばかりだった。
音の主はおかきたちが遭遇した者と似た、エビやカニに酷似した人型の異形たちである。
「高級食材がより取り見取りやな、美味いんやろか?」
「お腹壊しそうだから止めときな。 うーん、それにしてもこの環境に適応進化したのか? それに建築物を築ける文明力といい……気になる、調べたい、機材が足りない!」
「まずはおかきたちと合流せんとどうにもならんな、無事ならええんやけど……おっと」
「どうしたウカっち?」
「キューちゃん、ちょい静かに。 人の足音や」
ウカの耳がピンとたち、2人は息を殺して物陰に隠れる。
石畳が敷かれた廊下の先、人型のエビとカニが恭しく頭を下げる中、近づく足音は次第に宮古野でも聞こえるほど大きくなる。
「ギチギチ……姫サマー」
「ギチ……我ラガ、姫サマ……」
(あいつら喋れるんか、しかも日本語やで)
(興味深いな、これでヴァルソニアが関与している可能性はだいぶ低くなったぞ)
やがてわずかな光が灯された壁面に人型のシルエットが浮かび上がる。
甲殻類にはない柔らかな曲線、さらりと揺れる髪の影、それは間違いなく人間のものだ。
そしてシルエットの口が開かれ、首を垂れるカニたちに掛けられたのは――――
「――――ウワーッハッハッハァ! 苦しゅうない、もっとボクを敬うといいよ! 貢物もじゃんじゃんもってこーい!!」
「いや何やっとんねんあんのボケカスゥ!!」
親の声よりも聞いたことのある、三下めいたピンク髪の高笑いだった。




