メーデー ①
「……そろそろ時間だ、行こう。 チャンスは1回、失敗すればすべてがおじゃんだ」
「緊張すること言わないでよキューちゃーん」
「一番緊張してへんやつがよう言うわ」
「王子、藍上さん、準備は良い? もし無理だと思ったらすぐに合図を出すこと、先生たちがすぐに助けに向かうわ」
「分かっています、覚悟も準備も万全です。 必ず成功させましょう」
「デス……デデデデース!」
――――――――…………
――――……
――…
「おーい、約束通りやって来たぞ! 隠れてないで出てこーい!」
時刻は間もなく5:00に差し掛かるころ、無人のターミナルにキューさんの声が反響する。
本来ならすでに早朝便のために人々が動き出しているころだが、すでにSICKによって人払い済みだ。
「けど王子の旅客機が撃墜された空港をわざわざ指定するとは……」
「性格悪いよね、まあ性格よかったらクーデターなんて考えないかアッハッハ」
「山田、黙っとき」
「――――聞こえてるぞ、ニッポンのサルどもめ」
あざけるような忍愛さんの笑い声によほど腹立たしかったのか、どこからともなく黒い装束に身を包んだ男たちが現れる。
いや、思い返してみれば男たちは“最初からそこにいた”ような気がしてくる、これも過去改変によるものだろうか。
「やあやあずいぶんなお出迎えだね。 日本語で対応してくれるのはありがたい限りだが、目出し帽と銃口で出迎えるのがヴァルソニアのマナーなのかな?」
「御託は良い、貴様らのジョークに付き合うつもりはない。 王子は連れてきたのか?」
目出し帽の部下たちが並ぶ中、唯一顔を見せている男……イオルドが威圧的に一歩前へ出る。
服の下には防弾チョッキらしい膨らみ、部下たちが私たちへ向けるサブマシンガンはいつでも引き金が引けるように構えられている。
いや、装備を見定める意味はないか。 相手には装備も人員も後出しで増やせる手段がある。
「……“持ってる”ね」
「せやな」
私の後ろで2人が小声のやり取りを躱す。
ウカさんたちの視線はこれ見よがしな銃器や目出し帽の男たちではなく、イオルドが片手に抱える皮装丁の本へ注がれていた。
どう見てもこの場には不釣り合いな小物、片手を塞ぐリスクを考えれば、やはり私たちの狙いは間違っていない。
「見ての通りだ、王子はここにいるぜぃ。 そちらも約束は守ってもらおうか」
「もちろん、我らとて敬虔なる神の信徒だ。 無益な殺生は好まんよ」
「けっ、あんだけバカスカ花火ぶち込んどいてよう言うわ」
「パイセン、聞こえるよ」
「ふん、サルどもには品性も求められんか」
あからさまなウカさんたちの態度にイオルドは不機嫌を隠そうともせず鼻を鳴らす、どうやら挑発体制はかなり低いようだ。
とはいえ煽りすぎて逆上されても大変だ、煽り役の2人にはそろそろブレーキをかけてもらおう。
「ふ、二人とも……その辺にしておいたほうがいいデスよ」
「せやかて王子!」
「これ以上の時間稼ぎは止めてもらおうか、何が狙いか知らんがさっさと王子を引き渡さないとヴァルト王の命はないぞ!」
「待て、まずは王の無事を確認させろ! すでに処刑しましたってんならおいらたちも引き渡しはできない!」
「くどい!」
ターミナルに銃声が響く。
イオルドが天井に向けて撃った弾丸は照明を粉砕し、その場の全員を黙らせた。
「……いや、銃あるなら花火なんて使わなくてよかったじゃんね」
「山田っち、ちょっと静かにしよっかぁ! ええい仕方ない、ごめんだけど行ってくれ王子!」
キューさんが忍愛さんの背中を引っ叩くと同時に、相手から見れば王子が自分たちに一歩踏み出したように見えただろう。
だがその動きに合わせた死角では、忍愛さんが袖から振り落とした手裏剣を構えていた。
狙いはイオルドが持っている本――――
「――――そうだな、お前たちなら気づいているだろう」
「っ……!?」
最低限の動作で投擲された手裏剣は目標に掠りもせず、その背後に置かれたイスの背もたれを切り裂いた。
イオルドは忍愛さんの不意打ちが当たる寸前、まるで最初から分かっていたかのように身を捻って手裏剣を躱したのだ。
「伏兵がいないとでも思ったか? お前たちの動きは全方位から監視させている」
「そうかい……じゃあ空港の外からならどうかな?」
「なに――――?」
イオルドが腕を掲げて勝ち誇った瞬間、ガラス張りの窓を貫いて飛んできた弾丸が、その手から本を叩き落とした。
空港から数百m先にあるビルの屋上、一瞬キラリと何かが光った地点では、飯酒盃先生がライフルを構えてこの一瞬の隙をずっと待ちわびていたのだ。
「ぐっ……!?」
「よっしゃあさすがだエージェント飯酒盃! いまだ2人とも!!」
「っしゃあ! 往生せえやアホども!!」
「ヒャッホー! 大暴れの時間だー!!」
二段構えの奇襲作戦は成功し、過去改変の元凶はイオルドから手放された。
この好機をウカさんたちが逃すはずもなく、尻尾やら忍具やらを開放してイオルドたちへ飛び掛か――――ろうとした瞬間、2人は盛大にすっ転んでその場に頭を打ち付けた。
「「ぐおおおおああああああ!!?」」
「な、なにやってんだぁー!?」
「……ふん、惜しかったな。 お互い用心深いようで何よりだ」
高等部を抑えて悶絶する2人を蔑む目で見降ろすイオルドは、纏っていた外套の裾を捲る。
その下には弾き飛ばしたはずの本が1冊、ベルトホルダーにしっかりと収まったまま装着されていた。
「だ、ダミーだとぉ……ボクを騙したなぁ……!」
「騙される方が悪い、しかしやはり本の秘密までは嗅ぎ付けていたか。 ならば長居する意味もない、来い!」
「で、デス……!」
「ま、待てやぁ……!!」
いまだ立てないウカさんたちを尻目に、イオルドは王子の手を引いてその場からの逃走を図る。
窓の外に見える滑走路には、いつの間にか小型の旅客機が1台待機しており、いつでも飛べると言わんばかりにエンジンを温めていた。
「クソッ、なんでここだけこんな滑んねん! ワックス塗りたてか!?」
「グエーッ!? 誰だよこんなところにバナナ捨てたやつ!!」
「ふざけてる場合じゃないだろ2人とも! おい待て、逃げるなイオルド!!」
「ハハハハハ! 逃げはしない、二度と会わないだけだ! さらばだ黄色い猿ども、ヴァルソニアの名を覚えて帰るがいい!」
余計な深追いはせず、部下を連れたイオルドは潔いほどの撤退を見せる。
彼らの目的は初めから王子のみ、最初の言葉通り、わざわざ余計な殺生を行う気は本当にないのだろう。
よかった、ここまでは想定通りだ。
――――――――…………
――――……
――…
「…………行ったか?」
「行った行った、ああ痛ぁ……ねえパイセン、僕の可愛い頭にタンコブできてない?」
「安心せえ、なんぼ頭打ってもそれ以上悪化せんわ」
「ふざけてる暇はないぞ、プランCに切り替えよう。 ああ、王子ももう出てきて大丈夫だよ」
「で、デスゥ……あの、本当に大丈夫なんデスか?」
「問題ないさ、うちのエージェントたちを信じてくれ。 ――――おかきちゃんならうまくやってくれるはずだよ」




