不敬罪 ②
「すみません甘音さん、お待たせしました。 王子は?」
「お疲れおかき、王子なら疲れて寝ちゃったわ。 ほら」
キューさんたちとの会議が終わって食堂へ顔を出すと、膝の上で王子を寝かしつける甘音さんが待っていた。
緊張の連続でずいぶん疲れていたのだろう、椅子を並べた粗末なベッドでも王子は深い寝息を立てていた。
「年の離れた妹ができた気分だわ、うちで養子にしちゃおうかしら」
「甘音さん」
「ごめんごめん、冗談よ。 この子にはこの子の帰る場所があるんでしょ……で、なんとかなりそうなの?」
「最善は尽くすつもりです、断言はできませんが」
「そう、なら安心ね」
虚勢でも断言はできない臆病な言葉でも、甘音さんは何も聞かず全幅の信頼を寄せてくれる。
私たちが失敗するとは微塵も考えていないのだろう、胃が痛くなるほど重い期待だ。
「それで、この子の事情については教えられない感じかしら?」
「すみません、私の一存では甘音さんにお話しすることは……」
「謝らなくていいわよ、そんな気はしてたわ。 まあクーデターやらなんやらに巻き込まれてるってことは分かってるわけだし」
「大筋はそれで間違いないです、なので甘音さんも今夜はSICKに泊まって行ってください。 王子の命を狙う一派に顔を覚えられています」
「そうさせてもらうわ、この子のことも気がかりだしね」
甘音さんが膝に乗せた王子の髪を撫でる。
寝ているおかげで余計な強張りが抜け落ちた顔は、肩書に不釣り合いなほど幼い。
「ん……ぅ……母、様……」
「……寝言ですか」
一瞬起こしてしまったかと思ったが、小さな声で母親への思いを漏らした王子は再び安らかな寝息を立てる。
無理もない。 本来なら理不尽に命を狙われることもなく、両親に甘えてもいい年ごろだ。
「……あの映像、最後まで見てないけどこの子の父親ってまだ生きてるのよね?」
「断言はできませんが、交渉材料として活かしている可能性は高いです。 少なくとも映像中に殺されるようなことはありませんでした」
「よかった。 本人から聞いたけど、この子のお母さんって物心つく前に亡くなってしまったらしいわ」
「それは……親近感がわきますね」
「あんたの場合笑っていいのかわかんないのよ」
しまった、精いっぱいのジョークのつもりだったけど失敗した。
「元々身体が弱かったらしいの、それでこの子を産んだすぐあとに体調を崩して急逝。 形見のペンダントが唯一の思い出って言ってたわ」
「それは……」
ヴァルソニアという国は実在しない、王子たちの存在もまた異常性によって生み出された虚構にすぎない。
だが実際にリュシアン・ヴァルソニアという人物は私の目の前におり、私たちと同じように疲れ、泣き、痛み、眠ってしまう人間そのものだ。
“そういった設定があるだけ”、なんて無慈悲な言葉で否定はできない。
(そもそも、カフカである私たちにヴァルソニアを否定できる権利はないか……)
虚構の存在という意味では空想のキャラクターを模した私たちも大差はない。
少なくとも私は、目の前の存在を人以外として扱うのは難しい。
「おかき、どうかしたの? 体調悪いならちょうど試したい薬があるのだけれど」
「いいえピンピンしてるので大丈夫です結構です遠慮しておきます、むしろ甘音さんこそ大丈夫ですか? さんざん花火の雨あられに降られたわけですが」
「幸いにも軽い火傷ぐらいよ、パラソル製薬印の軟膏塗ってれば治るわ! お爺ちゃんにバレたら卒倒しそうだけど」
「大事に育てられているんですね、SICKのためにもぜひご内密にしていただきたく」
「言われなくても言いつけたりしないわよ、にしても解せないわね」
腕を組んで椅子に体重を預ける甘音さん、その言わんとしていることは分かる。
初めに私が王子とともに護衛たちがはぐれたこと、そして甘音さんと合流してコソコソ街中を移動していたこと、そのどちらもイオルドたちにとってはイレギュラーだったはずだ。
なのに私たちは狙いすましたかのようなタイミングで襲撃を受けた、保険として用意していた囮作戦がなければあのまま消し炭になっていたかもしれない。
「過去改変だったかしら? 敵にも不思議な力があるのよね、そのせいで捕捉された?」
「いえ、過去改変はそこまで万能ではありません。 そういった使い方は難しいかと……」
“――――私が味わったかぎりでは、せいぜい過去の時間軸に出来事を挿入するだけの力です。 現在私たちがどこにいるか、なんて知る術はないかと”
頭の中の専門家もお墨付きをくれた、その線は追わなくていいだろう。
もし未判明の能力があったとしても考えるだけ無駄だ、それよりもあり得る懸念を1つずつ潰した方がいい
「甘音さん、もしあなたが王子を追う立場ならどうします? 入念に下準備を重ね、クーデターを決行する立場として」
「嫌な想像ね、けど私なら……王子は絶対に逃がしたくないわ、できれば常に監視の目を置いておきたい」
「監視の目、ですか……」
王子を護衛していたボディガードが内通者だった?
だとすれば分断された際に王子の居場所を伝えることができない、だとすれば――――
「……うーん、もしかしたら王子のボディガードが裏切ったのかもしれませんね? これは彼らを一度問い詰めた方がいいのかもしれませんよ」
「はぁ? おかき、あんた何言って……?」
少しわざと過ぎるだろうか? それでもいい、甘音さんが気付いてしまうより先に手を打つ必要がある。
あくまで白々しい演技を続けながら、甘音さんに画面を見せながらスマホを操作し続ける。
急いで打ち込んだメッセージは拙い文章だったが、それでも伝えるべきことは十分伝えられた。
――――王子ペンダント発信機 可能性 盗聴の危険アリ 会話に乗って――――
そのままコクリと頷いた甘音さんと交わした中身のない会話は、キューさんたちが合流するまで上手い具合に弾んでくれた。




