酒気帯び先生 ②
「このままじゃ正面衝突して仲良く合い挽きミンチよ、どうするの!?」
「そうですねぇ~……藍上さん、今ミカちゃんってここにいるかしら」
「私の方にしがみ付いていますけど、彼女の能力じゃあの重量物は動かせませんよ?」
誰も居ない道路を堂々と逆走し、私たち目掛けて突っ込んでくる大型トラックは軽く見積もっても1~2トンは優に超えるだろう。
ご丁寧に鉄板を分厚く重ねて走行強度も上がっている、ガラスもスモーク加工が施されて運転手の姿は視認できない。
この距離と速度ではミカによる視覚誘導も間に合わない、下手に急ハンドルを切られて横転でもすればかえって危険だ。
「いるならOK! ミカちゃーん、ちょっとこのハンドルこのままキープしておいて」
『えっ? あっ……うえぇ!!? わ、わぁー!!』
バイクハンドルをミカに預けた飯酒盃先生は、後方に積んでいたあのバケモノライフルを担ぐ。
たぶんキューさんが趣味か何かで作ったのだろう、普段はコンパクトに折りたたんで保管し、非常時はボタン1つで組み上がる仕組みは彼女好みの浪漫機構だ。
強度や安全性はともかく、威力は先ほど実演された通り。 問題はあの魔改造トラックにも通用するのか……
「よーしみんな耳塞いで! はいドーン!!」
「ちょっ、先生待っ」
至近距離の連発花火でバカになった耳が痛むほどの発砲音、いやもはや轟音がライフルから放たれる。
口径の割には反動は不自然なほど小さい、ミカが戸惑いながら握るハンドルはほとんどぶれない。
対照的にトラックの方は、真正面から大口径弾をまともに受け、車両前方が一瞬浮遊。 そしてあろうことか大きく一回転し、アスファルトの路面にめり込むように横転した。
「……あの、先生? あれって中の人たち生きてます?」
「生死は問わないつもりで撃ったわ、向こうも殺す気ならこっちも手加減するほど余裕はないもの」
『こ、殺されるなら仕方ない……殺しても仕方ない、な……』
ハンドルを握り直した飯酒盃先生は、横倒しのまま路面を滑るトラックとすれ違い、バイクを停める。
黒煙を上げるトラックは完全に沈黙し、千切れかけた車両前部はまるで死体のようだ。 とてもじゃないが中の人間が無事とは思えない。
……が、そんな私の予感を裏切り、トラックの扉が突然内側から蹴破られた。
「んー……藍上さん、リュシアン王子をお願いね。 サイドカーからは降りないで」
「待ってください飯酒盃先生、逃げた方が無難では?」
「アレで生きてるなら逃げてもすぐに追ってきそうなのが1点、アレが過去改変から生まれたなら収容の義務があるのが1点、そして監視の目を絶やしたくないのが1点。 計3点の問題からここは先生が対処しまぁす」
“――――ふむ、たしかにあのトラックからは改変の気配を感じますね”
頭の中でのんきにつぶやくカフ子に怒るより先に、蹴破られた扉から丸太よりも太い腕がぬっと伸びる。
そして狭苦しそうにトラックからはい出してきたのは、2mを超える筋肉質の大男だった。
「あ、あれは……“人形師”ジョールマン! なんで奴がこんなところに居るデスか!?」
「知ってるの王子?」
「ヴァルソニア史上最悪の犯罪者デス! その怪力で被害者の四肢を千切り、つぎはぎのパーツを組み合わせて自分だけの人形を作る猟奇的な殺人鬼……5年前に死刑が執行されたはずなのになぜ……!?」
(……と、いう過去が挿入されたわけですか)
“――――ですね”
巨漢の肉体は、乗っていた車体の惨状など知った事かと言わんばかりの無傷。
筋骨隆々の身体はなるほどたしかに掴みかかられたらひとたまりもない、私や甘音さんなんてデコピン1発で首の骨が折れそうだ。
「……先生、ライフルの残弾は?」
「残念ながらゼロねぇ、元々こけおどしに持ってきた試作品だから」
「に、逃げるべきデス! やつは女子供を好んで殺すデス、おかきさんなんて特に危険デス!!」
「王子? それはどういう意味ですか? 子ども&女性の両ジャンルに該当しているという意味と解釈しますよ???」
「おかき、落ち着きなさい。 こけおどしでもこっちの武器をちらつかせれば向こうも引いてくれるんじゃ……」
「――――ゲッゲッゲッ、お、お、女……女がいっぱい……おら、殺すど……」
「あっ、ダメね話し合いできる雰囲気じゃないわ。 一人称からしてもう可能性がないわ」
「天笠祓さん、一人称差別はよろしくないわ。 案外話してみればわかり合えるかもしれないですよ、もしも~し?」
「ち、ち、ちょうだい、ちょうだい! 足、腕、頭、ちょうだいぃ!!」
先生ののほほんとした呼びかけも虚しく、トラックから降りてきた巨漢はわき目もふらずこちらへ突進してきた。
筋肉ムキムキの大男が突っ込んでくる迫力は下手すれば武装トラックより上かもしれない、目測だが時速もクマ並みに出ている気がする。 いまさらバイクを吹かしても逃げ切れるかちょっと怪しいところだ。
「せめて胴と足のパーツは先生か甘音さんのものと交換してもらいたいですが……」
「殺された後のこと考えるんじゃないわよ! 先生、何か武器は!?」
「うーん、とりあえずこれでいいかなぁ」
飯酒盃先生はライフルを投げ捨て、担いだ一升瓶を巨漢へ向けて投げつける。
緩い放物線を描くやる気のない投擲、だが正確に顔を狙ったビンは一瞬だが男の視界を遮った。
そして邪魔くさそうに腕で払いのけられるその一瞬の隙、滑るように距離を詰めた先生の掌打は、がら空きになった男のアゴを容赦なく撃ち抜いた。
「あ――――お、ォア……?」
「はい皆さぁん、普段から稲倉さんたちを見て麻痺してると思いますけど――――先生も一応エージェントなので、ただの犯罪者に比べて強いんですよ?」
最小限の力で脳を最大限揺らされた男は空気が抜けるような声を漏らし、涎を垂らしてあっさりと倒れ伏す。
「……そしてこれをどこかで見てる人、覚えて帰ってくださいね。 このくらいじゃSICKはビクともしないので次は本気で掛かってきなさい」
そして男の背中を踏みつけた飯酒盃先生は、四方八方に向けて手を振りながら、姿を見せないクーデター犯を挑発するのだった。




