過去よりの亡霊 ⑤
「デスゥー!!?」
「きゃーーーーすごいすごい! スタントマンってこういう気分なのかしらね!?」
「甘音さん、喋ってると舌嚙みますよ!!」
『ヒィ……ヒィ……! も、もっと早く走れぇ……!』
前後左右、アーケードにあるあらゆるオブジェクトが次の瞬間には爆発する。
しかもただの爆発ではなく、そのすべてが大玉花火となって咲くものだから、爆心地を駆け抜ける私たちが見る景色は実に色鮮やかなものだ。
ミカが居なければ滝のように降る火の粉に焼き尽くされていただろう、あとで彼女のことは特別労おう。
「おかき、こんな状況だけどなんだかちょっと楽しくなってきちゃったわ! 写真撮ってもいい!?」
「アドレナリン出てるだけです! 王子、その置物危険です! 甘音さんは頭下げて! ミカ、上から看板降ってきます!」
『ヒィ……死にたくない、死にたくないぃ……!』
幽霊が一番危機意識が高いのはどうなんだ、なんてツッコむ余裕もない。
四方八方に存在するあらゆる物品が次の瞬間には爆発物に置換されている、それを適宜察知しながら警告を飛ばし、生存可能なルートを瞬間的に選択する負担は絶大だ。
脳のエネルギーがみるみる消費されているのが肌でわかる、甘いものが欲しい。 アンパン食べたい。
“がんばれー。 あっ、そこのマンホール踏まないように”
おまけに頭の中の同居人は心底のんきなものだ、むしろ楽しんでいる節すらある。
彼女からすればこの情報量はごちそうの山なのかもしれないが、危機感のあるフリぐらいはしてもらいたい。
「おかき、目的地まであと何m!?」
「この先100m直進! すぐそこです!」
「ここから100m走全力疾走は厳しいわよー!」
「私も体力に自信がある方では……」
「お、おかきさん……上、デス……!」
「へっ……?」
息も絶え絶えな王子の言葉、同時に極彩色の景色にふと影が差す。
突然空が曇ったわけではない、見上げた頭上には私の何倍もあるサイズのガレキが迫っていた。
「っ――――!?」
『む、無理ぃ……!』
流れ弾による偶発的な崩落か、あるいはこれも過去改変で起こされたのか、どこか理性的に考えている自分がいるが、そんなことはどうでもいい。
ミカは完全に重量オーバーで音を上げている、避ける猶予はほぼない。
幸いなのはちゃんと咄嗟に身体を動かし、甘音さんたちを突き飛ばせたことだ。
「バカおかき!!」
「走って! ミカ、2人を!!」
『えっ、あっ、うぇ、ふえぇ……?』
押し潰されればひとたまりもない、カフ子には悪いが自分の命は諦めた――――その瞬間、私のつむじにまで迫っていたガレキが突然木っ端みじんに爆ぜ散った。
「………………あ、あれ?」
「ふぃ~間に合ったぁ! 藍上さぁん、大丈夫?」
「そ、その気の抜けた声とアルコール臭は……」
恐る恐る目を開ける前に香って来る日本酒の香りと、鼓膜を震わすバイクのエンジン音。
まさかと思いながらも声のした方へ視線を向けると、水道管のようなバケモノ口径のライフルと一升瓶を担いだ飯酒盃先生が、大型バイクを吹かしながらこちらに手を振っていた。
「「「飲酒運転(デス)ー!!!」」」
「違うの……先生はむしろお酒入った方がちょうどいいというか……ほらあと緊急事態だから」
「いえ、実際助かりましたけども見た目のインパクトがすごくて……」
「担任がバリバリのライダースーツ着たままお酒担いでたらそりゃツッコみたくもなるわ、というかおかきあんたバカおかき!!」
「甘音さんその話は後にしましょう甘音さん! あばばば揺すらないで叩かないでごめんなさいごめんなさい!」
「わぁなんか大変。 藍上さんの無茶も問題だけど、王子様は無事?」
「ぶ、無事デス……あの、ニッポンでは飲酒運転とライフル武装は大丈夫なんデスか?」
「非常時だからセーフ! それじゃ今サイドカーを展開するから乗っちゃって、無理やり詰めれば3人……いや2.5人は積載できるから」
「ちょっと待ってください今誰を0.5人換算しましたか、それにそんな悠長な時間は……あれ?」
突然の救援に混乱していたが、周囲の状況がおかしい。
あれほどうるさかった花火の音は静まり返り、カフ子からの警告も飛んでこない。
クーデター派による過去改変攻撃は、いつの間にかピタリと止んでいた。
「作戦は成功よ、藍上さん。 今頃うちの武闘派2人が敵の頭を抑えてるんじゃないかな~」
――――――――…………
――――……
――…
「……なるほど、王子を囮にしたか。 大胆な真似を」
「うちの新人ちゃん発案なんだけどね。 お前らは僕たちの様子をどこからか監視してるはずだから、攻撃を受ければ位置を逆算できるはずだってね」
「山田、喋りすぎやで」
「いやーせっかく日本語喋ってくれたし、付き合わないのも可哀そうかなって」
おかきたちが窮地を脱した一方そのころ。
とあるビルの屋上では飯酒盃の言葉通り、ウカと忍愛の2人がクーデターの主犯格を追い詰めていた。
「ふむ、お前たちの行動は部下がマークしていた。 不穏な行動があればすぐに私へ連絡が届くはずだが」
『残念、きみの部下は今ごろおいらたちの影を追ってるさ。 車体の廃材からホログラム投影機作るなんざ朝飯前だぜぃ……って、聞こえてないか』
忍愛の耳に装着された通信機からは宮古野の声が響く。
下敷き1つから核兵器すら作れるという設定の天災科学者がSICKに所属していたのは、男にとっては想定外だったことだろう。
「まあいい、不確定要素は修正すればいいだけだ。 お前たちが何者か知らぬが、これ以上我らが信仰の邪魔は赦さん」
「何言ってんのさおっさん、状況見てわかんない? ここから入れる保険なんてないよ」
「そうだな、ところでこの建物だが……ずいぶん杜撰な工事をしていた、ということにしておこうと思うがどうだ?」
「……! 山田、退け!!」
「へっ? ちょっ、危なっ!?」
尾を逆立てたウカの身体から電撃を迸る。
だが(忍愛ごと)男へ雷撃を浴びせるより早く――――3人の足元にたちまち亀裂が広がり、十数階建てのビルは一瞬のうちに崩壊を始めた。




