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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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過去よりの亡霊 ④

『こ、これぐらいの破片なら今の私でもどうにかなるな……ええい、火なんて嫌なものを見せるな……!』


 苦々しい表情は、火刑に処されたトラウマを思い出しているのだろうか。

 それでもミカは冷静に元悪霊としての力を振るい、燃え盛る破片をポルターガイストで受け止める。

 そして引火しないようにアーケードの端に置くと、その上にどこからか引っ張ってきた消火器をこれでもかと吹きかけた。


「現代文明の機器にも慣れてますね、助かりましたよミ……」


「ね、ねえおかき……なんか背筋が寒いんだけど、“いる”の……?」


「……あぁー……まあ……いますね、元悪霊がここに」


 ほっとしたのもつかの間、甘音さんが私の袖を泣きそうな顔で引っ張る。

 王子はまだ状況が飲み込めずポカンと口を開けているが、ユーコさんのポルターガイストを知る甘音さんは察してしまった。

 

『な、なんだ? 姿見せた方が良かったか……?』


「いえ、甘音さんはホラーが大の苦手なのですみませんが隠れたままでお願いします」


「そうね、姿が認識できないならまだ存在しないと思い込むことができるわ!!」


「たくましくなりましたね甘音さん、その調子です。 ミカ、一般人の避難はどれほどかかります?」


『あ、安全な景色を見せながら歩かせているから時間はかかる……』


「なら私たちはこのままポイントBまで移動しましょう、ミカはこのまま周囲の人間を巻き込まないように誘導してください」


『ゆ、幽霊使いが荒い……!』


 敵の狙いは徹頭徹尾王子と、その取り巻きである私たちだ。 こちらが移動してしまえばフェスの人々は巻き込まれない。

 そして目標地点も目前、ミカと合流した今なら到達も難しくはない……が、その前に拭えない疑問が1つ残されている。


  “――――お相手はどうやって私たちを見つけたか、ですね”


(ええ、川に流されて一度は見失ったはずですが……)


 川辺からここに至るまでのルート取りにミスがあったつもりはない。

 この大通りに身を晒したのもほんの短時間、もしも出会いがしらに捕捉されたなら不運が過ぎる。

 私たちが通るルートを予測し、事前に仕掛けたニセ屋台を爆発させるなど不可能だ。


(……やはり敵は過去改変を使いこなし、攻撃に利用している)


  “そうでしょうね。 視覚情報に紛れた食品サンプルのような無味な味わい、情報が改竄された味気無さは過去改変の証拠です”


(味についての感想は求めてないんですよ)


 カフ子の話にはノイズも多いが、彼女の存在がなければ最初の爆発で全滅していたので文句は言うまい。

 ともかくクーデターの主犯が意図的に改変を行っているのはほぼ確実、問題はその方法だ。


(好き勝手に改変できるならとっくに私たちは絶命しているはず、おそらく何らかの制限はあるんでしょうね)


  “少なくとも改変の規模と遡及する年月は反比例するかと、古い過去に大きな改変を起こせば現代への影響も計り知れません”


(自分たちも巻き込まれる恐れがある、その点で言えば……)


『……? な、なに……?』


「……なるほど、ミカは頼りになりそうですね」


 数百年前に没した幽霊など改変してしまえば何が起きるかわからない。

 今回に限って言えばミカほど頼もしい護衛はいないだろう。


「王子、聞いてください。 ここからは一気に状況が動きますよ」


「へっ? は、はいデス!」


「私たちはこれからポイントBまで駆け抜けます、その間クーデター派からの激しい妨害を受けるでしょう。 決して立ち止まらないでください」


 いまだ状況が飲み込めず処理落ち中の王子を揺り起こす。

 ここまでの襲撃から敵の攻撃手段は花火を用いたものばかりだ、これから私たちが通る導線上にも同じものが仕掛けられるだろう。

 花火と言えど直撃したらひとたまりもない、一度でも足を止めれば命とりだ。


「甘音さん、敵の狙いは王子ですから今から離脱すれば……」


「ここまで来たら一蓮托生よ。 それに私だって顔を覚えられたでしょ、今から逃げたってかえって危険じゃない?」


「でもここの幽霊が1人いますよ」


「……………………一蓮托生よ」


「たっぷり悩みましたね」


 とはいえ甘音さんの話にも一理ある、それに一度言い出したら頑ななのが甘音さんだ。

 ミカには負担をかけるが、万が一の時は私が死ぬ気で守ろう。 淑女の顔に火傷でも付ければ彼女の両親に合わせる顔がない。


「ミカ、危険物は私が見分けます。 あなたは防御と避難誘導に集中を」


『し、死なない程度に頼む……』


「それは敵に言ってください。 では――――行きますよ」


――――――――…………

――――……

――…


 男が見下ろす遥か下方の通りに、幾度となく火薬の花が咲き誇る。

 それは彼らが信仰するルーメ教において鎮魂と葬送を意味する色、屠る敵に対する敬意を込めた花火だった。


「……妙だな」


 男が苛立ちの籠った声色でつぶやく。

 一度なら偶然だろう、二度なら幸運と褒めてもいい。 だがとうに爆ぜる熱に焼かれているはずのターゲットは、今もなお紙一重で生き延びている。

 

「仕込みに手落ちはない、間違いなく奴らの道行く先々に仕掛けた()()()()()()()()はずだ。 なぜ……」


 本を握る腕に力がこもる、男が持つ力は本来なら絶対的な後出しの特権だ。

 “過去”へ干渉する都合上、“現在”を生きる人間の行動そのものは操作できないが、それでも一個人が持つには過ぎた力の……はずだった。


「神よ、これは私への試練か? 忌々しい……おい!」


 男は背後にいるはずの部下たちへ呼びかける。

 自分が持つ力を十全に振るうには、対象を視界内に収めておく必要がある。 まもなく王子とその護衛たちは立ち並ぶビルの影に消えようとしていた。

 自分たちも移動する必要があるのだが、男の声にこたえる部下は1人もいない。


「……? おい、聞こえて――――」


「うんうん聞こえてるよ、ボクにはね」


 ――――男の喉に、スルリと冷たい刃が当てられた。

 

「…………誰、だ……貴様……?」


「んー何言ってるか分かんないけど喋るな、動くな、両手を上げろ。 もし不穏な行動をとったとボクが判断したら殺す。 いいね?」


「山田、殺したらあかんで。 そいつから色々聞きたいこともあるさかい」


「もーパイセン空気読んでよね、まあいいや。 それじゃおっさん、拷問と尋問のどっちがいい? 」

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