過去よりの亡霊 ③
「甘音さん、大通りは危険です。 こっちの裏路地を抜けましょう」
「そう? 人目も多い方が襲われにくいと思うけど」
「イオルドという男は白昼堂々私たちの車両に花火を打ち込んできたんですよ、他人を巻き込むリスクが増えるだけです」
「相当ヤバいわねその男、わかったわ」
そのヤバい相手の話を聞いて二つ返事で同行するあなたも相当ですよ、なんて言葉は喉の奥に飲み込んでおこう。
キューさんたちとはぐれてからとうに1時間は過ぎただろうか、私たちは追手から隠れるようにして街の中を進んでいた。
「まっすぐ進めばすぐそこなんだけどね、歯がゆいわ~!」
「SICKも甘音さんの位置情報から助っ人を手配しています、目的地に到着せずとも近づけば向こうから私たちを見つけてくれるはずですよ」
「それは良い知らせね、ならこのまま隠密したいけど……目立つわね、私が変装させたんだけど」
「否めませんが、これでもびしょ濡れの服よりはマシですよ」
王子のワンピース姿は、都会のコンクリートジャングルよりも田舎のひまわり畑の中で佇んでいる方が似合う。
そのうえエジプト系の日に焼けた肌と整った顔立ちは特定層に対する殺傷能力が実に高い、やはり不敬でもヒゲメガネを装着させるべきだろうか。
「お、おかきさん目が怖いデス……?」
「すみません、どうにか王子の威光を和らげる術はないものかと」
「王子だけじゃ片手落ちでしょ、あんたもかなり人目を引くわよ」
「ならばダブルヒゲメガネ作戦を……」
「それはそれで目立つから止めておきなさい。 そうね……よし、ちょっと寄り道するわよ」
「へっ? あっ、ちょっと甘音さん」
ナビに示されたルートを外れ、甘音さんは複雑な小道を縫うように先行していく。
その背を見失わないように王子の手を引きながら追いかけていると、どこからか陽気な音楽とともにだんだんと香ばしい匂いが香ってきた。
「やっぱり、SNSでちらっと見かけたのよ。 今日この辺でサマーフェスやってるって、ちょっと待ってて!」
「ちょっと甘音さん、一人行動は危な……ちょっとー!?」
路地の隙間から見えたのは、アーケード通りいっぱいに吊るされた提灯と、出店を楽しむ人々の姿。
七色の綿あめやフルーツが山のように盛られたかき氷を持ち、写真を撮っては友人とはしゃぐ若者たちは、天戸祭とは違う現代的なお趣だ。
そんなサイケデリックな祭りに気後れしてしまった隙に、甘音さんはするりと祭りの中へもぐりこんでいった。
「ど、どうしようデス……追いかけた方がいいのデスか?」
「いえ、私たちが人混みに入るのは危険です。 甘音さんの顔はまだ相手には知られていないはずですが……」
「お待たせ、戻ってきたわ!」
「……なんて言ってる間に戻ってきましたね、何してきたんですか?」
「これよこれ、お代は結構だから上げる」
「わあ、なんですかこれ」
戻ってきた甘音さんに渡されたのはプラスチックにゴムひもを通しただけの陳腐な玩具。
その割には1100円と強気な値段設定が張られたそれは、祭りなら定番アイテムの“お面”だった。
ただしその顔が名状しがたい猫のようなキャラクター、「クタにょん」でさえなければ。
「お面よお面、それ被ってれば顔も目立たないでしょ? お祭りなら自然と溶け込めるし」
「これはこれで悪目立ちする気がしますが……」
「か、可愛いデス……!」
「えっ」
「あっ……な、なんでもないデス! 背に腹は代えられないのでこれで大丈夫デス!」
慌てた王子は赤面を隠すようにクタにょんお面を被る。
なるほど、これならたしかにぱっと見の印象は観光で浮かれている外国人だ。 少なくとも素顔を晒すよりもずっといい。
惜しむらくはこの場にアリスさんがいないことか、クタにょんファンの彼女ならこの光景に狂喜乱舞していただろうに。
「おかきも被りなさいな、あんたも顔バレしてるんでしょ」
「アリスさんには悪いですけど呪われたりしないですよねこれ?」
「1000円ちょいの商品にかけられる呪いなんてチャチなもんよ、いいから行くわよ。 それがあるなら一気に近道できるわ」
お面を被った私たちの手を引き、甘音さんがサマーフェス真っ最中のアーケードへ堂々と躍り出る。
裏路地をこそこそ進むより、この道を突っ切れば大幅なショートカットになるのは間違いない。
考えても私にはできなかった選択だ。 さすが甘音さん、肝が据わっているというかなんというか……
“――――大胆ですが、その分リスクは大きいですね。 気をつけてください、おかき”
(カフ子? なにが――――)
“前方右手側の出店、改変されています”
――――甘音さんと王子の腕を引いてその場に伏せた瞬間、アーケードに炎の花が咲いた。
眩い光を放ちながら空へ撃ちあがった屋台は、空中で爆発四散。
そして炎を纏って降り注ぐ破片は、まるで狙いすましたかのように私たち目掛けて落ちてきた。
「走って!!」
「で、デス!!」
呆ける王子の背を叩いて駆け出した私たちの背後に、ひしゃげたガスボンベが落下する。
一瞬でも判断が遅れていたら押しつぶされていたところだ、だが最悪なことに打ちあがった屋台の破片はまだまだ落ちてくる。
「ごめん、私のせいだわ!」
「気にしないでください、私も策に乗った以上は同罪です! 幸いにも周囲に被害は出て……?」
素早く見渡した周囲の一般人たちは、幸運にも巻き添えを喰らってはいない。
だがそれにしたって静かすぎる。 突然目の前で屋台の1つが花火として打ち上げられたというのに、誰も悲鳴や困惑の声は上げていない。
それどころかのんきに空を見上げてカメラを向けている人すら少なくない、まるで私たちとは違うものを見ているような……
『だ、大丈夫……なはずだぞ。 周りの視界は私が乗っ取った、このまま安全なところまで無意識のうちに誘導しておく』
「……その声は、もしかして」
“――――私のおやつさんじゃないですか”
『ひっ!? な、なんか今背筋に悪寒が……!?』
甘音さんの死角からぬるりと現れ、私にのみ聞こえる声で話しかけてきた少女が涙声で命乞いをし始める。
SICKの腕章を縫い付けた着物をまとったその半透明の少女は、つい先日雇われたばかりの新人職員だ。
『あのあのあの、あなた様を助けに来たので殺さないでくださいィ……!』
「SICKからの助っ人がまさかあなたとは……よく来てくれましたね、ミカ」




