過去よりの亡霊 ②
「……はい、ではそういうことで。 また後で会いましょう、それでは」
「ふぅ、それじゃ作戦会議はこれでいったん終了かしらね」
「ええ、私たちも行動を開始しましょう……それにしても」
「……デス」
「似合うわね、王子」
「甘音さん」
包み隠さず純度100%の感想を零す甘音さんの頭へ軽くチョップを当てる。
たった今通話を終えたキューさんたちは気づかなかったようだが、その方が良かったのかもしれない。
まさか護衛対象の王子を女装させていました、なんて知れたら卒倒ものだ。
「しかし甘音さん、王子が実は女性と言うのは本当ですか? たしかに今は女の子に見えますが……」
「骨格と歩き振る舞いからの推測だけどたぶんそうよ、これくらい分からないなんておかきもまだまだね」
「仕方ないでしょうまだ歴が浅いんですから」
「これから女を磨いてきなさいな、にしてもなんでわざわざ隠しているのかしらね?」
「それはまあ……複雑な問題ですかね」
王族という血筋、宗教的観点、王子が抱えているのは単なる性差別に終わらない根深い闇だろう。
根掘り葉掘り聞きだすのは無粋、甘音さんも察してかそれ以上の追及はしてこなかった。
「実は……僕、女の子なんデス」
「「って話すんかーい!」」
「デス?」
思わず2人揃って突っ込んでしまった。
自分たちの視線に気づいたのかもしれないが、まさか王子の方から話してくれるとは。
「失礼しました、話を続けてください」
「そっちも気になるけど歩きながらにしましょ、さすがにこんな川辺で女子3人集まると悪目立ちするわ」
「ああそうですね……恰好も恰好ですし」
私も王子もフリフリのワンピースを着せられており、とてもじゃないが河原でバーベキューという服装ではない。
脱ぎ捨てた服たちを紙袋に隠し、火の後始末を済ませてから私たちは速足でその場を離れる。
「とりあえずキューからもらったナビに従って進むわよ、SICKのフロントビルに保護してもらうわ!」
「フロントって言い方はちょっと疑問ですが……移動は徒歩にしましょう、また車を使って狙撃されても困りますから」
「そりゃいい運動になるわね、王子は体力に自信ある方?」
「で、デス! ……あの、2人とも驚かないんデスね」
「まあなんとなく察してたから」
「性別が逆なくらいSICKじゃ日常茶飯事ですよ」
「修羅の国デス?」
どこでそんな言葉覚えてきたんだろうか、否定できないから止めてもらいたい。
「それより聞いていいの? 王子のフリをしていた理由って」
「フリではないデス、ヴァルソニアでは僕は王子として扱われているデスから……そうでないと、王位が継げないので」
「……失礼ながら、ご兄弟などは?」
「王の血を継いでいるのは僕だけデス。 母上は体が弱く、体力の問題から僕を産めたのが奇跡と言われたほどデスから」
「なるほど……」
王座は男子しか継げない、という習わしがあるなら保険として側室がいてもおかしくはないと思うが、現王がよっぽど正室を愛していたのだろうか。
あるいは……
“――――そもそもいなかったことにされたか、ですね”
(人の思考に割り込まないでくださいよ、カフ子……)
同じ人間ゆえ発想が被っても不思議じゃないが、頭の中に声が響くこの感覚は慣れない。
甘音さんたちの前でイマジナリーフレンドとの会話を聞かれるわけにもいかない、カフ子との話には神経を使うことが多くて困る。
“失敬、ですが相談相手は多い方がいいかと。 仮に王子の兄弟が過去改変で消されたとなれば由々しき問題では?”
(それは分かってますよ、誰かが意図的に王族を殺しているという事ですからね)
失礼ながらリュシアン王子に兄弟を殺せる胆力があるとは思えない。
もし王族が暗殺され、その事実が改変されているなら必ず下手人が存在する。
「ルーメ教の純光派は玉座に女が座ることを神への冒涜と捉えているデス、おそらく僕の正体に気づいて……それでクーデターを」
「なによそれ、生まれたことが悪いっての? 王子は何も悪いことしてないじゃない!」
「ふむ……」
“――――何やら違和感がありますね”
カフ子の言う通り、王子の話は順序が違う気がする。
王子に兄弟がいたなら、その全員が女性とは考えにくい。 問題なく王位を継げるものもいたはずだ。
今王子がリュシアン・ヴァルソニアしかいないのは改変の結果。 だとすれば女性云々の難癖は後付けに過ぎない。
(というよりカフ子、あなた過去改変の気配は嗅ぎ取れるって言ってましたよね? 実際のところ王子に兄弟がいたのかわからないんですか)
“ええ、実際に王子からは改変の臭いがします。 しかしこれが王族殺しに関わるものなのか断定はできないので、言及は控えました”
(そういう情報はもっと早く言え~~~!)
なんだろう、おかきってこんなに面倒くさいキャラだったっけ?
案外他所から見ると私もカフ子もそこまで変わらないのかもしれない、人のふり見て我がふり直さねば。
「ねえおかき、なんか思い込んだ顔してるけどどうしたの? 体調悪い?」
「ああいえ、お気になさらず。 少し考え事をしていただけなので」
いけない、カフ子のペースに付き合うと甘音さんたちへ向ける意識が削られる。
いったんカフ子との会話は切り上げて情報を整理しよう。
「王子、あなたは自分が女性だからクーデターを起こされたと考えている。 そうですね?」
「で、デス……」
「ちょっとおかき、言い方」
「すみません、追い詰めるつもりはないんです。 ただ少し確認したくて」
王子の反応は嘘を言っている雰囲気ではない、少なくとも私は彼女をシロと見る。
となればやはり問題はクーデター側……その指揮を執るイオルドという人間だろう。
もしこの人物が王族殺しを先導し、その事実が過去改変によって消されたとしよう。
あまりにイオルドにとって都合が良すぎる、ヴァルソニアという国そのものが完全犯罪を手助けてしてくれるようなものだ。
“――――なるほど、犯人の動機が見えてきましたね”
(……私のセリフを取らないでいただきたい)
やはりこのカフ子、私にしては自由過ぎるのではないか?




