撃ち上げ花火 ⑤
「あ、甘音さん!? どうしてここに……」
「山田のやつに連絡貰ったのよ、ピンチだから手を貸してくれって。 はいこれ着替え」
「忍愛さんが……って、うわっぷ!」
押し付けられた紙袋を開けると、中には女性ものの服が何点も詰め込まれていた。
広げてみるとまだ値札が付いている服も少なくない、忍愛さんからのヘルプを聞いてすぐ買ってきてくれたのだろうか。
「サイズがぴったりなのはもはや驚きませんけど……これ合計いくらですか?」
「気にしなくていいわ、おかきに好きな服着せられると考えれば安いもんよ」
「あとでキッチリ清算させてもらいますからね……!」
「あの……おかきさん……こちらの方は誰デス?」
「おっと、失礼しました王子。 こちらの人は一応味方なので安心してください」
「一応って何よ一応って」
甘音さんを警戒してか、王子は私の背中に縮こまって隠れている。
私の表面積に収まる背丈は素晴らしく高評価だが、人見知りは王子としては問題だ。 ここは仲良くしてもらわなければ。
「その子が例の……王子様なのよね? ずいぶん若いというか……このまま日本語で大丈夫?」
「だ、大丈夫デス。 初めまして……えっと、アマネさんもSICKのお人デスか?」
「スポンサーを務めているわ、直接の関係はないけどおかきとは友達よ! つまりあなたとも今日から友達ね」
「で、デスか……」
「私としては複雑な心境ですけど、無茶なことをしますね忍愛さん……」
理屈は分かる。 敵の位置がつかめない中、SICKが派手に動けば逆に王子の居場所を教えてしまうようなことになりかねない。
合流した瞬間にまた狙撃でもされたらたまらない、クーデター派のマークを外せる人材が必要だ。
そこで相手にまだ顔が知られておらず、私をよく知る甘音さんなら最適……という考えは理解はできる。
「でも理解と納得は別ですよ……あとでこの件は詰めますからね忍愛さんめ」
「無事に合流できたんだから細かいことは気にしないの、おかげであんたも助かってるわけでしょ?」
「それはそうなんですけども、皆さんは無事ですか?」
「少し怪我はしてるみたいだけど五体満足よ、王子のお着きの人たちも無事だって聞いたわ」
「そ、そうデスか! よかった……」
甘音さんの吉報を受けて王子がほっと胸をなでおろす、主人にここまで心配されたらお着きの方々も護衛冥利に尽きることだろう。
私も安否についてはカフ子から聞かされていたが、あらためて甘音さんの口から確認できたのは喜ばしい。
“――――おや、私の言葉は信用なりませんか?”
「ああいえ、そういうわけじゃないんですけども……」
「なに一人で喋ってるのよ? ほらさっさと着替えて、変装できそうな小道具もいろいろ買っておいたから」
「ああ失敬……サングラス、帽子、スカーフにつけ髭まで? というか、よく私たちの場所が分かりましたね忍愛さん」
「そこはキューの仕事よ、状況からあんたたちが川に落ちたと仮定。 そこから小難しい計算を挟んでおおよその位置を特定したらしいわ」
「さすが天災発明家、おかげで命を拾いまし……あっ」
乾いたシャツの上から変装用の服を羽織ろうとした手が止まる。
致命的なことに気づいてしまった、ここにあるのはすべて女性ものの服だ。
それも甘音さんの悪意というか趣味というか、強い思いが込められたかわいらしいものばかりで、お世辞にも中性的と呼べる服はない。
「デス……」
「……あの、甘音さん? 王子は何を着れば?」
「えっ? 一番重要なのは本人バレを防ぐことでしょ?」
「世が世なら無礼打ちですよ」
やはりこの人、私に変な服を着せる事ばかり考えて王子のことを忘れていた。
一国の王子に着せるにはあまりにもフリフリでプリプリすぎるラインナップだ、こんなものを着せた日には私と甘音さんの首が物理的に飛びかねない。
「買い直してきてください! 下手すれば国際問題一歩手前ですよ!?」
「だ、大丈夫デスおかきさん。 これで追手の目が誤魔化せるなら安いものデスから……」
「王子……大丈夫です、慣れは必要ですがコツは心を殺すことですよ」
「経験者は語るわね」
王子が覚悟を決めたなら外部からとやかく言うことはできない、ここで無駄な時間を使うとリスクがあるのも確かだ。
女装もカフカも程度は違うが似たようなもの、先駆者として同じ道を歩んでほしくはなかったが仕方ない。
「じゃあ目隠しは……この茂みがちょうど良さそうね、ほら早く着替えてさっさとSICKに合流しましょ」
「王子、お先にどうぞ。 何かあったらすぐ声を上げてください」
「デス……」
着替えるならまだ服が乾ききっていない王子が優先だ、せめて好きな服を選んできてもらいたい。
そんな私の思いを汲んでくれたか、王子も特に拒まず紙袋を手に茂みの中でいそいそと着替え始めた。
「甘音さん、あとで王子に謝った方がいいですからね」
「なんでよー、別に似合ってるんだからいいじゃない!」
「現代じゃセクハラですよ、ルーメ教やヴァルソニアの文化ではタブーになる可能性も……」
「それなら問題ないでしょ、気づかなかったのおかき? あの子、女の子よ」
「…………えぁ?」




