撃ち上げ花火 ④
「……ダメだ、出ない。 おかきちゃんのことだからマナーモードにしてるってことはないと思うけど」
「爆発のせいで壊れちゃったとか?」
「SICK製の端末や、そう簡単に壊れへんやろ。 懐にしまったままうちが放電しても無事なんやで」
「製作者はおいらだ、端末の耐久性は熟知している。 十中八九連絡できない状況と見ていいだろう」
警護車両が破壊された後、追従していたSICKの特殊車両に避難した宮古野は、沈痛な面持ちを浮かべていた。
車両には武装したエージェントのほか、ウカ・忍愛・宮古野の3名。
そしてリュシアン・ヴァルソニアの護衛を務めていた2名と運転手が、負傷の手当てを受けながら乗っていた。
「状況を整理しよう。 リュシアン王子とおかきちゃん、この2人が敵の攻撃によりおいらたちと分断されてしまった」
「クソッ! うちがもっと上手いこと立ち回っとったら……」
「本当だよパイセン、しっかりしてよねもう!」
「おどれもちったぁ反省せんかい!!」
「ボクはせいいっぱい頑張ったもーん! 新人ちゃんが王子助けてなければ間に合った!」
「それはそれで王子が死んじゃうからダメなんだよ……だけど厄介なことになった」
宮古野は座席に体重を押し付け、深いため息を零す。
「大丈夫やキューちゃん、おかきがこんなことで死ぬわけない。 王子と一緒に無事やって」
「おいらもそう思うよ……ただ、王子のほうは安心できない」
「うーん、即死じゃなければ新人ちゃんが助けていると思うけど」
「もし王子が死ねば、その影響は未来ではなくヴァルソニア王国の過去へ波及する。 例えば王子がそもそも生まれなかった、なんて改変が行われるかもね」
「そりゃいい気分じゃないけどさ、何か問題なの?」
「大ありやろ、人ひとりがいなかったことになるっちゅうことはそれだけ周りに影響が生まれるやろな」
「ああ、蝶の羽ばたきが波及して竜巻を引き起こすようにね。 一国の王子がいなくなれば過去改変の規模はおいらでも予測できない、もしかしたら新たな世界大戦の引き金になるかもしれないぞ」
「はははそんな大げさな……大げさな話、だよね?」
能天気な忍愛に対するツッコミは返ってこない。
車内には重苦しい沈黙と言い知れぬ緊張感ばかりが流れている。
「……まあ、ともかく新人ちゃんを早く見つけ出さなきゃってことだよ! ハリーハリー!」
「同時にクーデター側の人員を炙り出さないとまた同じことの繰り返しだ、あまり派手には動けないぞ」
「たぶんうちらは顔を覚えられとる、撃ち込んできたやつ探さんと下手に出ていけへんわな」
「ふーん、じゃあボクたち以外に頼めばいいんじゃないの?」
「うん? そりゃSICKに増援の手配はするけども」
「そうじゃなくてさ、もっと怪しまれない人材呼べばいいじゃんね。 もしもしガハラ様ー?」
「「……はぁ!?」」
――――――――…………
――――……
――…
「“う……っ……あれ、ここは……”」
「おっと、お目覚めですか王子。 言葉の意味は分かりませんが、それがヴァルソニアの言葉ですか?」
「“あれ、子どもがなんで”……って、おかきさんデス!?」
「気をつけてくださいね、言葉の意味は分かりかねますが王子とて次はねえですよ」
不思議なものだ、言葉の壁があっても禁句に関してはなんとなくわかってしまう。
王子に悪意はないのかもしれないが、もし次があればつい手が出てしまうかもしれない。 大人だから我慢できた、大人だから。
「このまま日本語で失礼しますね、直前の出来事は覚えていますか?」
「……革新派に襲撃を受けて、花火が直撃した……デス……」
「記憶の混濁はなさそうですね、私たちはそのあと車から放り出されて近くの川へ落下しました。 もっと火に近づいた方がいいですよ」
「デス……」
王子が目覚めるまでの間、手持ちの道具と拾った枝で作った焚火はなかなかの出来だ。
煙もそこまで出ず、先に干していた私の上着もすでにほとんど乾いている。
夏場とはいえ濡れた服では体調も崩す、王子に風邪でも引かれたら国際問題になりかねない。
「へくちっ! うぅ……ここはどこ、デスか……?」
「残念ながら私も土地勘があるわけではないので、ただだいぶ下流まで流されたみたいですね」
周りの景色は閑散とし、人の気配はほとんどない。
せせらぐ水の音を聞きながら川辺で焚火、とはキャンプとしては絶好のシチュエーションだが、あいにくチルい気分に浸る余裕はなさそうだ。
茂みのおかげで遮蔽があるのは不幸中の幸いだが、こんなところをクーデター派の人間に見つかればひとたまりもない。
「お、おかきさん……火は消した方が……いや狼煙を上げて……いやでも、ウーンデス……」
「たしかに敵に見つかるリスクはありますが、ずぶ濡れのまま移動すれば悪目立ちします。 まずは服と身体を乾かして、それから合流のために行動しましょう」
「……わかったデス」
王子は若い、だが決して聞き分けの悪い子どもではない。 自分の考えを持ち、相手の考えを尊重する知性がある。
そんな王子が不安を飲み込んで火に近づき、薪を突いてかき混ぜると、火から立ち上る煙の量が格段に少なくなった。
「おお、今いったい何を?」
「火の扱いには自信があるデス、これでちょっとは見つかりにくくなるかもしれないデスね」
「花火技術の一環ですか、とても助かります」
「えへへ……皆さんは無事デスかね……」
「心配いらないですよ、私の仲間は優秀ですから」
カフ子は全員無事と話していたが、王子は護衛たちの安否をその目で確認したわけではない。
命を狙われている中、異国の地で顔見知りとはぐれて私と2人きりなんて心細いだろうに、他人の心配ができるのは王族ゆえの器だろうか。
そのしょぼくれて垂れ下がった頭を撫でようと手を伸ばした――――その時、数m先で生い茂る草木がガサリと揺れた。
「――――王子、私の後ろに」
「で、でもデスけど……!」
「大丈夫です、私こう見えても強いですから」
見栄を張った、私の戦闘力なんてせいぜい一般人に毛が生えたぐらいだ。
正直音の主が武装した兵士たちなら勝てる気がしないが、だからと言って王子を贄に出すなんて論外だ。
せめて王子が逃げる隙だけでもなんとか作れないかと思考を巡らせる間にも、草木をかき分ける音はどんどん近づき――――
「――――あっ、いたいた! もーやっと見つけたわよおかき!」
「……あ、甘音さん?」
だが現れたのは屈強な兵士などではなく、スマホ片手に汗をにじませる甘音さんの姿だった。




