撃ち上げ花火 ③
視界のすべてがスローモーションになる。
なるほどこれが走馬灯か、なんてのんきな感想を抱いていられない。
なにせ私たちは車内に取り残されたまま、空を屋根よりも高く舞い上がっているのだから。
「か、各員衝撃体勢ー!!」
「無茶やろ! キューちゃん、手ぇ出しぃ!!」
幸いルーフの上で飛来物の迎撃を行っていたウカさんたちは無事だ、車内の私たちを引っ張り出そうと割れた窓の隙間から手を伸ばしている。
しくじった、もっと早く気付くべきだった。 これは私の仕事じゃないか。
もっと早く気付いていれば、マンホールの下から打ち上げられた花火に、車体が搗ち上げられるなんてことはなかったのに。
「新人ちゃん、ドア開けて! こっち!!」
「待ってください、王子たちが!」
要人警護を想定した車両だけあり、内部の私たちはまだ無事だ。
だが王子たちは衝撃で頭を打ったのか、意識を失っている。 このまま車体ごと地面に叩きつけられたらまずい。
「忍愛さんは運転手を助け出してください、私は王子を!」
「バカ、無茶すんな!」
忍愛さんの言葉はもっともだが、この洗濯機のように回転する車内で王子に手が届くのは私しかいない。
ご丁寧にシートベルトを巻いているせいでこのままじゃ彼らは脱出できずお陀仏だ、せめてこれさえ外せれば……
「うぐ……ぐぐ……うにに……! は、外せたぁ! 忍愛さん!」
「新人ちゃん――――ダメだ伏せろ、追撃だ!!」
「……はぁ!?」
王子の敵とやら容赦……あるいは抜け目がない。
割れた窓越しにひゅるりらと飛んでくる花火玉と目が合い、私の意識はそこで途絶えた。
――――――――…………
――――……
――…
『――――どうも、お早い再開ですね』
「うぅ……カフ子……? ということは、ここは……」
目が覚めたら、そこは花畑だった。
いつの間にか湯気立つカップが置かれたテーブルの席に着座した私の対面には、同じ顔をした私。
夢遊症の後遺症だろう、どうやら気を失ったせいでまたこの夢の世界に迷い込んだみたいだ。
「っ……頭が……私はいったい……?」
『無理をしない方がいいですよ、頭痛に効くお茶なのでまずは飲んでください』
「いや飲んだところで夢の中でしょうよ……まあいただきますが」
ハーブ系の爽やかな匂いがするお茶に口をつけると、心なしか少し頭の痛みがましになった気がする。 これが現実なら即効性がありすぎて副作用が怖い。
そして頭痛が引いて思考に余裕が生まれると、次にこみ上げてきたのは仲間と王子たちの安否に対する焦燥感だ。
「そうだ……こんなことしてる場合じゃないです、キューさんたちは!?」
『夢の中と外では時間の流れが違います、まずは落ち着いて現状の把握を』
椅子を倒して立ち上がった私を宥めるように、カフ子の背後から巨大なモニターが現れる。
画面に映っているのは花火とともに宙を舞う警護車両だ、私の始点にしては画角がおかしいが。
『見やすいように引きの映像を作りました、多少想像で埋めた部分もありますが誤差は少ないでしょう』
「手の込んだことを……」
まあ口頭説明よりは分かりやすいので文句は言うまい。
続く映像の中では、トドメとばかりに横から飛んできた弾頭が車体へ直撃。
憎たらしくも綺麗な花火が咲く中、ひしゃげた車体から放り出された私は王子を抱きかかえたまま、近くを流れる小川へと落ちていったところで映像は途切れた。
『というわけで、あなたは王子とともに水没しました。 私が体を動かしているので溺死の心配はありません』
「人の身体を……他の方々は?」
『ウカさんと忍愛さんの2人が救助済みですよ、負傷こそあれ死人はいません』
「それは今日一番の吉報ですね」
ひとまず全員無事ということが分かり胸を撫で下ろす……が、問題はまだ多い。
映像を見た限り、私と王子は水没したまま川を流されている。
王子の護衛、およびSICKのメンバーとはぐれてしまった状態だ。 早く合流しなければ王子の命が危ない。
『ちなみに携帯機器はすべて落下の際に紛失しています、今回はキューさんも同行していたのでイヤリング通信機もないですね。 これは困りました』
「……その割にはなんだかうれしそうですね」
『失敬、この危機的情報は私としては大変美味なもので。 人間の味覚で例えるならパチパチと刺激的な風味と言いましょうか』
「人の不幸をわたパチ感覚で咀嚼してんじゃねえですよ」
『ふふふ、失敬。 ですがあなたの死は私の死でもあります、もちろん協力は惜しみませんよ愛しき隣人』
「協力と言いましてもね、具体的には何ができます?」
『常にあなたのそばで声援を送りましょう』
情報生命体という肩書に期待した私がバカだった、今回のような物理的な脅威にカフ子は無力だ。
というより藍上 おかきというキャラクターが無力なのだ、こんなことならもっと戦闘力と身長を盛った設定にすればよかった。
『まあ待ってください、今回の相手は“過去改変”です。 情報戦なら私にも地の利があります』
「と、言いますと?」
『改変の痕跡を嗅ぎ分けられますよ、少し相談タイムとしましょう。 いいですか、まず――――……』
――――――――…………
――――……
――…
「……王子たちはどうなった?」
「はい! 花火弾頭は命中、リュシアン王子を乗せた車は無事撃墜できました!」
「そうではない、王子の遺体は確認したのかと聞いている」
おかきたちが夢の中で作戦会議を開いている一方そのころ。
炎上する車体を見下ろせるビルの屋上では、ヴァルソニア語で会話する不審者たちの姿があった。
「あれは小賢しい子どもだ、自分の死すら偽装するくらいにはな。 確実に遺体を、この目で確認しなければならない」
「ですがあの爆発では……」
「報告します! 王子の護衛と割とかわいい女の子たちの脱出を確認、無傷ではありませんが全員生存です!」
「……なにか反論はあるか?」
「い、いいえ……直ちに追手を駆けます」
部下を一睨みした男は、蓄えた髭を撫でて屋上からの景色を見下ろす。
炎上した車の周りにはすでに人だかりが生まれ、誰も彼もがスマホのカメラを向けている。
あの場に集まった誰一人とて、まさか目の前で他国のクーデターが繰り広げられているとは夢にも思っていない。
「……ニッポンか、ずいぶん平和ボケした国だな。 王子、あなたは逃げ込む場所を間違えた」
男は懐から取り出した本を捲る。
風にあおられたその紙面には、1ページたりとも文字は含まれていない。
否、白紙のページには今まさに、インクが滲むようにじんわりと文字が浮かび上がろうとしていた。
「王子よ、ヴァルソニアの未来は私の手で綴ろう。 あなたが信じたその護衛どもは、過去から生まれる襲撃をどれほど防げるかな?」




