三下 ③
「……ずいぶん身勝手なことを言いますね、アクタ」
生まれつき発露した能力に振り回され、「もう終わりにしたい」と考えることはおかきも理解できる。
だがけっして同情はできない。 結局のところ、アクタの言い分はずいぶん独りよがりなものだ。
「悩み事があるならメンタルヘルスにでも行ってください、もしくは悪花さんたちに相談することもできたはずです。 間違ってもこんな大層な舞台を用意する必要はなかった」
「ひどいなぁ、私だって悩んだのに」
「左様ですか、いい加減にしてくださいね」
おかきは銃を下げ、そのまま散歩するかのような自然体でアクタへ歩み寄る。
いまだ爆破スイッチは彼女の手に握られたままだが、それでも恐れはなかった。
わざわざ手間暇かけて作った舞台を、いまさら爆弾ひとつで台無しにするはずがない。
『おかきちゃん? ちょっと待っ……ズカズカ歩くなこの子! 待った待った危ないって!』
「自分の本質が分からない? そんもの誰だってそうですよ、私なんて2人分混じって余計わけわかんなくなってんですよ」
「た、探偵さん?」
「そんなもん自分探しの旅にでも出てくださいよ鬱陶しい、あーだこーだ言って人様に迷惑をかけてまったく―――――」
一歩、二歩、力強い足取りでおかきは確実に距離を詰める。
そのままアクタがあっけに取られている間に触れるほどの距離まで迫ると、弓なりに体をそらし、反動をつけた頭を大きく振り下ろした。
「――――いい加減にしろ!!」
それは探偵という存在からかけ離れた野蛮な頭突きだった。
背丈の問題で胸部に叩きつけられた一撃に、アクタは小さくうめいて二歩三歩と後退する。
理屈も企みも何もない怒りの鉄槌に、食らった当人はスイッチを押下することすら考えられずにただただ困惑していた。
「“俺”として言わせてもらえばね、あんた十分恵まれてんだよ! ホームズ? モリアーティ? くっだらねえ!!」
『お、おかき?』
『あー、雄太氏の方がお強めに出てるねこれ。 地雷だったか』
今までどこか感情に乏しかったおかきの顔つきが、一変して狂暴な怒りに染まる。
粗暴にも思えるその荒々しさは、「藍上おかき」ではなく「早乙女 雄太」のものだ。
「ゲホッ、ゴホッ……だ、だってぇ」
「だってもかってもあるか、あんたの結末はあんたが決めろ! 俺たちは一切手を貸さねえ!」
「え、え……え?」
おかき……否、雄太は握っていた銃をアクタへ押し付ける。
すでに弾丸は込められ、あとは引き金を引くだけでいつでも撃てる状態だ。
唯一の武装であるそれを、爆薬の達人に渡すことの意味が分からないわけではあるまいに。
「撃ちたきゃ撃てよ。 死にたくないなら俺を撃て、もう疲れたっていうなら自分を撃て、全部自分で決めろ」
「決めろって……そんな、だって……ここまで準備したのに!」
「ああそうだ、全部台無しだ。 藍上おかきはお前にとどめを刺さない」
「―――――……!」
とっておきの”お気に入り”に自分の努力を否定され、アクタの表情が絶望に染まる。
その手に与えられた銃とスマホを投げ捨て、雄太の襟首につかみかかる。
「――――ひどい! どうしてそんなこと……探偵さんに選んでほしいのに!!」
「それであんたは納得できるのか?」
「できるよ、だって……私を止めてくれた人の言うことだから!」
アクタの力は首を締め上げる勢いだ。
雄太も腕を掴んで抵抗するが、小さなその身体は持ち上げられて脚が地についていない。
「あのファミレスでさぁ、探偵さんに止めてもらったときにはじめて頭の中の音が消えたの! 私の世界は爆ぜて壊れないんだって、あなたが教えたくせに!!」
「だから?」
「だから……だからそんなすごい人なら、私でもわからない私のことをわかってくれるから、だから……」
「わからないよ、お前の理想にはなれない。 だから自分でどうしたいのか考えろ」
「やだ、選べない。 だって私が選ぶと全部壊すしかなくなるんだ」
ふいに、投げ捨てられた拳銃がひとりでに暴発する。
アクタが投げ捨てた際に自然と爆ぜるよう衝撃を加えていたのだ。
この屋上にくるまで相応の負荷がかかっていた拳銃が、どうすれば爆発するのか理解していたから。
わかっていたから爆発させる、仕組みが理解できるから実践してしまう。
それがアクタという生物の生態であり、生来併せ持つ異能という名の呪いだから。
「分かるでしょ、探偵さん。 こんなめんどくさい女なんだよ? 死ぬためにも、道連れを作るにも、止めてもらうためにも、どんどん被害を広げるはた迷惑な女」
「……そうですね、あなたの面倒くささはここに来るまで嫌というほど実感しています。 犠牲者も出ているので、到底許せません」
「あはっ、私の知ってる探偵さんだぁ。 ……じゃあなんとかしてよ、自分で決めるとどうせひどいことになるから」
彼女の歩む道は、どんな選択肢であろうとも爆弾と火の海に彩られる。
たとえ自死を選んだとしても多くの人間を巻き添えにして爆ぜるだろう。
だからこそ自分の選択ではなく、第三者が選んだ内容に従おうというのが彼女の魂胆だ。
「それはつまり“壊したくない”というのがあなたの本音なのでは?」
「……無理でしょ、今までだって結局私は私の衝動を抑えられなかった」
「とのことですが、そこらへんどうでしょうか宮古野さん?」
『うーん、標準人型保護マニュアルに則ってSICKで収容&管理になるかな。 ここまでやらかした以上はしばらく独房で拘束されるけど』
『待て待て俺らの資金ガメたこと忘れてねえからな? ここで仕留めんだよ、代われおかき! 俺がこの手でケリ付けてやる!!』
『どうどう。 というわけで、魔女集会に命取られるより先に保護する名目ができちゃったよ』
「了解です」
おかきは襟首をつかむアクタの手を器用にすり抜け、足元に落ちているスマホの画面を踏みつける。
鉄板仕込みの厚底安全靴に踏まれた精密機器は、致命的な破砕音を立ててあっけなく粉砕された。
「ぁ……」
「アクタ、あなたが甘音さんを誘拐したこと、ファミレスで多くの人の命を危険にさらしたこと、時計塔で死体を弄んだこと。 どれも私たちは許しません」
おかきはあくまでこれまでの蛮行に憤りを示しながら、アクタへ手を差し伸べる。
「あなたが壊したくないと願うなら、SICKに保護されるかどうか選びなさい。 自分の手で」
「…………厄介だよ、私の能力。 もしかしたらSICKなんて脱獄して火の海にしちゃうかも」
『そんなぬっるい組織ならすでにこの世界は滅びちゃってるぜ、魔女集会とは違うんだよ魔女集会とは!』
『おいテメェいま暗にうちの組織が警備ザルだったっていったかアァン!?』
「SICKの優秀な人材が太鼓判押してます。 何かあれば全力で止めてくれますよ」
「そっか……そっかぁ……」
アクタはまるで霞でも掴むかのように、おそるおそる手を伸ば―――――
「――――ふざけんじゃねぇぞカスがァ!! お前らも道連れだボケェ!!」
そんなエンディングを拒む三下の罵声が飛び、耳障りな警告音が屋上に響き渡った。




