撃ち上げ花火 ②
「き、キューさん! この車体の耐久性能は!?」
「少なくとも至近距離で爆発物がドッカンしてもこの通りだ! だけど直撃したらボディはともかく中のおいらたちはヤバいぞ!」
法定速度を無視して爆走する車外では、断続的に花火が炸裂する独特な破裂音が聞こえてくる。
車外に出た忍愛さんとウカさんの迎撃は上手くいっているようだ、目撃した一般人への対処についてはまだ考えないことにしよう。
「というかなぜ打ち上げ花火で攻撃を……? 当たったら無事で済まないのはたしかですけど」
「ヴァルソニアでは、なにより花火に関する技術が飛びぬけて発展してるデス。 なので射手も兵器より花火の方が扱いやすいデスのよ」
「王子、つまりこのド派手過ぎる暗殺者の正体はヴァルソニアの手先と考えていいのかい?」
「……おそらく、イオルド枢機官の息がかかった者デスね」
「クーデターの主犯ですか?」
「事前に貰ったヴァルソニア王国の重要人物リストに乗っていたな、たしかルーメ教の事実的なNo.2だったかな」
「デス。 彼はルーメ教の中でも頑なな原理主義者デス、信仰のためならば国政にも干渉するほどに……」
「教会が王権に意見できるほど力を持ったゆえの暴走ですか……」
世界の歴史をめくってみれば、その先にろくな結末が待っていないことは私にもわかる。
もし今回のクーデターが成功してしまえば、ヴァルソニア王国の先行きは暗いものになるだろう。
相手も海を越えてまで王子を狙うほどだ、もはやこの争いはどちらかが壊滅するまで止まらない。
「でもさー、SICKからすればいっそ滅んじゃったほうが管理とかの手間省けるんじゃないの?」
「サボんな山田ァ! 奴さんまだまだ狙って来とるで!」
「はっはっは、ド失礼だぜ山田っち。 それにヴァルソニア王国が滅びたところでSICKの仕事が終わるとも限らない」
「……たしかに、国が無くなっても特性が消える保証はありませんね」
ヴァルソニア王国の特性は「ヴァルソニア王国があたかも存在するように過去の情報を改変し、必要な人材・資材を生成する」ことだ。
“現在”の国が滅びたところで“過去”栄えていた歴史は変わらない。 むしろ現在の時間軸で国に干渉できず、過去が好き放題改変される方がSICKにとって都合が悪い。
「失礼、不躾な話をしてしまったがおいらたちはヴァルソニア王国とは友好的な関係を保ちたい。 当初の目的通り、このままリュシアン氏を安全な場所まで警護させてもらう」
「ありがとデス、母上の言葉を信じてこの国に来たかいがありましたデス……」
「母上?」
「デス、じつは――――」
――――その時、まばゆい光とともに車体がひときわ大きく揺すられる。
ウカさんたちの迎撃を掻い潜った花火が、至近距離で炸裂したようだ。
「クソッ! すまん落とし損ねた、無事か!?」
「だ、大丈夫だぜウカっちぃ……耳鳴りがひどいけどね……」
「もー、どこから撃ってきてんのか全然わかんない! 弾道があっちこっち弓なりに飛んできて絞れない!」
「そもそもこっちは車だぞ、並走してたらすぐにわかるはずだ! 敵はこっちの走行ルートを読んで先撃ちしてるってのか!?」
「……そもそも花火なんて持ち歩きに不便すぎる代物です、その可能性は考慮すべきでしたね」
キューさんの予測はおそらく当たっている。 相手は私たちが走る車の速度を計算し、偏差的に打ち上げた花火を当てているんだ。
そんなものを気づかれず、いつの間に仕込んだのかという疑問もあるが……ヴァルソニア王国の特性を考えればその答えも自然とわかる。
「過去改変……“事前に仕掛けた”という事実はあとからいくらでも捏造されます」
「そんなのありかよチクショー! おいらたちの苦労を返せ!!」
「つまりどこ走ってもボクら撃たれ放題ってこと!?」
「どこでも撃たれるということはないはずです、物理的に射線が通らなければ弾は届かない。 キューさん、近くに地下道やトンネルは?」
「この先200m先右折! そこまで逃げ切れば長いトンネルが待っている、籠城できれば応援もすぐに駆け付けてくれるはずだ!」
「急ぎましょう、このままでは車が持ちそうにありません」
先ほどの至近距離爆発のせいでタイヤにダメージを受けたか、先ほどから車体からはガタガタと嫌な振動を感じる。
幸いにも警護車の進行路はSICKが事前に一般車を規制しているため、周囲を巻き込む心配はない。 このままトンネルへさえ逃げ込めれば……
「……ねえ新人ちゃん、嫌な話していい?」
「忍愛さん、何か気になることでも?」
「相手の立場になって考えたらさ、屋根のあるところへの避難とかめっちゃヤじゃん? ボクなら何か手を打つと思うんだよね」
「一理ありますが……」
だとしても、花火の迎撃を行っているのは常識外の存在2人だ。
少なくとも私は生半可な策は蹴散らせると信じている、相手にとっても想定外の戦力であることは間違いない。
もしこの2人でも対応できないとなると、そもそも目が届かない――――
「――――キューさん、マンホールを避けてください!!」
「へっ?」
トンネルを目指して右折したタイヤがマンホールを踏みつけたその瞬間、色鮮やかな花火とともに、私たちが乗る警護車は宙へと跳ね上げられた。




