王子、死す ③
「じゃ、おいらは一休みするから悪夢が覚めたら起こして……」
「キューちゃん、現実を見ないとダメだよ」
「チンタラ走っとる場合か! 運ちゃん、かっ飛ばしたって!」
ウカさんに急かされた運転手がアクセルを踏み、加速した車体が私の身体をシートに押し付ける。
空港からは今もなお黒煙が立ち上り、揺らめく陽炎が火災の規模を物語っていた。
「キューさん、クーデターとは一体どういうことですか!?」
「ルーメ教はいま2つの派閥に分かれていてね……簡単に言えば“他国の技術を取り入れた花火なんて認めない”って連中が政権狙ってる」
「かーっ! これだから宗教って嫌いなんだよボク!!」
「山田、絶対それ他所で言うたらあかんで」
「事情は分かりました、つまりアレは王子が乗っていた便が撃墜されたってことですね。 無事なんですか!?」
「わかんないよー! でも無事じゃないと困る、このままじゃ国際問題に発展して下手したら戦争になるぞ!」
「存在しない国と戦争かぁ」
「勝っても負けても虚しそうやな」
「のんきしてる場合じゃないぞ! 言ったろ、ヴァルソニア王国には過去改変の特性がある……このまま“現在”の窮地を見過ごしたら過去に波及するぞ」
――――――――…………
――――……
――…
「お客様、現在当空港では爆破テロの恐れがあります! ……ですのでこちらの通路から避難を」
「ありがとう、急ぐぞ君たち!」
空港に到着するなり、私たちを出迎えた空港スタッフは明らかに一般の誘導路とは異なるルートを指し示す。
避難する気はさらさらないというのにキューさんが従っているところを見ると、おそらくこのスタッフは先に潜入していたSICKの職員なのだろう。
「うひー、どこにでも潜んでるじゃんねSICKってば」
「それでも準備は万全じゃないんだよ、本来なら王子の来日は明日のはずだったんだ。 おかげで今はこのありさまだ!」
「でも思ったより騒ぎにはなっていませんね……」
スタッフ専用路の窓から見える滑走路には、今もなお炎を噴き上げる旅客機の残骸が見える。
こうしている間にも空港配備の消防部隊が消火に当たっているが、火の勢いが強くなかなか鎮火に至っていない。
だというのに、通路の外からは野次馬の声どころか逃げる一般客のどよめき1つ聞こえてこなかった。
「すでに一般客は避難済みだよ、事前に人払いの術は仕掛けてあったからね。 おかげで余計な混乱と情報拡散は避けられたけど……」
「パイセン、あれって王子様無事だと思う?」
「脱出装置とかなかったら無理とちゃうかな」
「言うな言うな! 今SICKが安否確認中だよ、結果が確認されるまで王子はシュレディンガーだから!」
「まあ生きているならそれに越したことはないですが……」
通路を走り抜け、滑走路に降り立った私たちの顔を炎の熱が撫でる。
ゴムや金属が焼ける臭いと消火剤の臭いが風に乗って混ざり合い、何とも不快なマリアージュを奏でる空気の中、ちょうど私たちの目前を消防隊が横切る。
……白い布をかぶせた担架を担ぎながら。
「ちょ、ちょちょちょちょストーップ! 待った待った、そこの担架ちょっと待った!」
「えっ、なんでこんなところに子どもが……!? おい君たち、危ないから下がってなさい!」
「誰が子どもですかコノヤロウ!!」
「まずい、こんな時に新人ちゃんの地雷ワードが!」
「おかき、今ややこしいところだからウチと一緒に後ろ下がってような!」
「特別現場協力者の宮古野だ、あとで君らの上司に確認してくれ! ともかくその担架は何だ!?」
「は、はぁ? なにって……あの旅客機に乗っていた被害者の遺体だよ、どこかの国の王族だったらしいけど……こんな子どもが可哀そうに」
「うーん……」
「キューちゃーん!?」
恐れていた事態を目の当たりにしたキューさんが泡を吹いて倒れた。
よく見れば担架に被せられた白い布から、焼け焦げた腕がだらりとこぼれている。
ここまで状況が揃ってしまえば、この腕の主が誰なのかなんて火を見るより明らかだ。
「国際問題……関係修復……過去改変に対する対応……あはは、はなび、はなびきれい」
「キューちゃんが壊れちゃった!」
「おい、もういいか? 君たちもこんな時にふざけた遊びなんかしてないでさっさと避難しなさい!」
「忙しいところえろうすまんな隊員はん! けどもう少しだけ待ってくれへんか!」
「……あの」
「王子が亡くなってしまったならそれはそれで対応が必要でしょう、しっかりしてくださいキューさん!」
「あの……」
「とりあえず役に立ちそうにないしボク帰ってもいいかな」
「あのぉ~……」
「ごめんなさい、今忙しいのであとに……ん?」
……この先ほどから話しかけてくる声は、いったい誰のものだ?
担架を担いだ隊員たちではない。 彼らはSICKの事情を知らないのか、ずっと部外者である私たちに向けて怪訝な目を向けている。
キューさんたちでもない、こっちはこっちで声をかける余裕などないからだ。 ではあとは他に誰が?
――――ふと、担架から垂れ下がった腕に目を落とすと、生気がないはずの掌は私たちに向けてピースサインを作っていた。
「ええっとぉ……リュシアン・ヴァルソニアと申しますデス。 こんな形でゴアイサツとなりごめんないデスけど、“王子は死んだ”という体で話を進めてもらっていいデスか?」




