藍上おかきの茶会 ⑤
――――ピピピッ! ピピピピッ! ピピピピピッ!!
「……朝、ですか」
SICKに用意された寝室、規則的なアラームに起こされた私は目をこすって体を起こす。
いつもは朝が弱い私だが、なんだか今日はいつもより頭がハッキリしている気がする。
自分の中のカフ子と話をつけたせいか、ちゃんと自分の身体と意識が初めて繋がっているような気分だ。
「ん……う~~~~ん……! おはようございます、龍宮さん……」
「ゴボボボボゴボゴ」
そんな心地よい寝ざめを迎えた私の隣では、辛うじて肉の形を保ったピンク色のスライムがうごめいていた。
「龍宮さぁーん!!!?」
「ごぼ……平気平気。 ちょっと身体が液状化しとるだけやさかい、気にせんといて」
「気にしますけども!?」
「おーいおかきちゃん、起きてるかい? ちょっと聞きたいことが……オワァー!!?」
「キューさん、いいところに! 助けてください!」
「もう手遅れにしか見えないけど!?」
「ごぼぼごぼ~」
――――――――…………
――――……
――…
「うん、心臓に悪いから次から添い寝する時は一言声をかけてくれ」
「添い寝して怒られるのは人生で初めてやなぁ」
「おいらも初めてだよ……で、人騒がせな成果はどうだったかな?」
「はいぃ……色々と収穫がありました」
理不尽だと思う、私が何かしたわけではないのに。
いや、不用意に龍宮さんを呼んで夢遊症を誘発してもらったのは軽率だったかもしれない。
だとしても理由が理由ですし、あなたがもっとラフに会える相手ならこんなことにならなかったと思うんですよカフ子?
――――プークスクス
「笑いやがりましたねこんにゃろう!」
「どうしたおかきちゃん」
「ああ失礼しました、実はですね……」
弁明もかねてこれまでの経緯をキューさんに話す。
龍宮さんを呼んだ理由、夢の中のこと、そしてカフカの正体について、カフ子本人から話すことは了承を得ているので問題はない。
それより問題なのは、キューさんの反応だ。
「……おかきちゃん、その話は本当かい?」
「こんな突拍子もない嘘をつく理由はありません。 龍宮さんの夢遊症についてはSICKも検証を重ねているはずです」
「せやなぁ、うちかて何度も通って色々測定されとるもん」
「もちろん夢遊症の症状は知っている、君たちが一緒に寝ていた理由も理解した。 けどちょっと飲み込むのに時間がかかりそうだなぁ……」
人間の「常識」というフィルターは働き者だ、非常識の最先端ともいえるSICKの副局長でさえ私の話を信じ切れていない。
それでもキューさんを責める気にはなれないのは、私本人もまだ夢である可能性を拭いきれていないからだ。
――――夢ではないですよ、それともこの声は幻聴に聞こえます?
「う、うーん……なんだか正体ばれてから主張が激しくないですかあなた?」
「おかきちゃん、もしかして今自分のカフカと会話しているのかい?」
「ええ、なんというか頭の中に他人の思考が浮かび上がってくる感じと言いますか……」
「他人……いや、この場合はもう一人の自分か。 おーい、もしもーし? 聞こえるかもう一人のおいらー?」
キューさんが自分の頭をペチペチ叩きながら虚空に向けて話しかけ始める……が、どうも返事が返ってきた様子はない。
カフ子が話した通りなら、私以外のカフカ症例の中に住む情報生命体たちは会話ができるほど育ってはいないらしい。
キューさんも対話ができれば話が早かったが、こうなってしまうと結局私は証拠となるものを何も提出できない。
「カフ子、あなたからキューさんにコンタクト取ることはできませんか?」
………………――――
「あれ、聞こえてます? 電波悪いんですか? もしもーし?」
「うーん、おかきちゃん本人ですら交信が不安定なのか。 そうなるとこちらから確かめる手段がないな」
「せやなぁ、もっぺんうちが添い寝して夢で話してみよか?」
「いや、毎回龍宮嬢の手を煩わせるわけにはいかない。 それに夢遊症は脳が休まらない、あまり頻繁に発症させるわけにはいかないよ」
「となると、方針としてはどうなりますか?」
「現状SICKとしては積極的に動けないな、確信のない話に割くリソースがない。 おかきちゃんの話を蔑ろにするつもりはないけど、こればっかりはごめんね」
「いえ、妥当な対応だと思います。 ……カフ子ともう少し話ができればよかったんですが」
オリジンが地球を滅ぼしかねない、今はそれしか情報がないのだ。
いつ、どこで、どうやって、その一切が分からないままでは組織は動けない。
私が同じ立場でもきっと判断は変わらない、むしろちゃんと話を聞いてくれただけでも十二分だ。
「聞いてますかカフ子、もし何か話すことがあるなら……お、おお?」
自分の中にいるはずのカフ子に嫌味の一つでも投げようとすると、突然私の右手が意思に反して動き出す。
ポケットのスマホを取り出し、メモアプリを開いたかと思えば、私たちへ向けたメッセージを打ち込み始めた。
“すみません、疲れたので少し休みます”
「……だ、そうです」
「疲れるんだ、カフカって」
「ほな無理させたらあかんなぁ」
「わかったわかった、この話は一旦預かろう。 オリジンとやらの調査も進めてみるが……おかきちゃん、それとは別件で1つ良いかな」
「はい、なんでしょうか?」
「今朝の話なんだけど、収容中の中世古 剣太郎が突然黒いインクになって融解したんだけど……何か知らない?」
「………………あっ」
そういえば昨日の出来事、結局レポートとして提出したのは簡単な経緯だけだった。
ミカミサマ事件の顛末と部長に攫われた話までは大まかに書き記したはずだけど……色々ありすぎて中世古先輩の話は抜けていたかもしれない。
「おかきちゃーん? ちょっと詳しく話を聞かせてもらうぜ、レポートも再提出だ」
「は、はいぃ……」
もしかしてカフ子はこうなることを先読みし、さっさと意識の奥に引っ込んだのだろうか?
その後、詳細な聞き取りと中世古先輩融解現場の検証を終え、完璧なレポートが出来上がったのはお昼が過ぎたころだった。




