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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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人権なき新人研修 ③

「……で、その開かずの放送室からこれが見つかったと?」


「はい、キューさんなら何かわかるかと思いまして」


「何かって言われるとまあ……」


『夏休みの友ってやつっすね』


 翌日、日を改めてSICKへ戻ったおかきたちは、宮古野とともに会議室のテーブルを囲んでいた。

 人間2人と幽霊2人、その全員が見下ろす視線の先には、「夏休みの友」と書かれた古い冊子が置かれていた。


「ユーコさんとミカが探索した中、放送室内で発見した物品はこの冊子だけでした」


『他には人影一つなかったっすね、おかきさんが言ってた犯人は不明っす』


「そこに関しては大した問題じゃない、犯人に実体がないなんてよくあることだよ」


『で、これで私は死に続ける輪廻から抜け出せたのか!?』


「焦っちゃダメだぜミカっち、まずはミーム的危険性がないか確認を……」


『あっ、それならすでに後輩が読んじゃったから何かあってもお終いっすね』


「何やってんだミカァ!」


『だ、だってぇ……!』


「すみません、扉を開けてもらったときには手遅れでした」


 SICKが扱う異常物品の中には、文章を認識するだけで影響を受けるようなものも少なくない。

 本人が廃人になるだけならまだしも、周囲に影響が伝播するケースもある。 今回無事だったのは運が良かっただけだ。


「うーん、新人の雇用前に研修を怠ったおいらのミスだな……」


『そもそもミームなら放送を聞いた時点でアウトじゃないすか?』


「それにキューさん、ミカが読んだということは義眼のカメラ機能で内容をチェックできるのでは?」


「おっとそうだったそうだった、急いでミーム感知AIに通してみよう」


『けど幽霊でも使える義眼ってとんでもないっすね、これ他人から見たら目玉だけ浮いてるように見えるんすか?』


「はははそこは考えて設計したから安心してくれ、なにせその義眼の素材は…………まあ知らない方がいいか」


『えっ』


「よーし結果が出たぞ、安全みたいだ。 もう開いても大丈夫だぜ」


『待って、待ってくれ、待ってください、この目! この目なんなの!?』


「ミカ、大人しくしてください。 本が破れたら大変ですよ」


 一応の安全が保障されたことを確認し、おかきは手袋を装着してから慎重に卓上に置かれた夏休みの友をめくる。

 よほど放置されていたのか茶色く変色した表紙はかなり劣化が進んでおり、1枚捲るだけでも一苦労だ。

 ようやく捲った1ページは目次、さらにその次のページからは簡単な算数の穴埋め問題が続いている。


「……どうやら夏休みの注意事項と宿題が一体化したしおりのようですね、しかもすべて未記入です」


「そりゃ困った問題児だな、親御さんと先生が泣いちゃうぜ」


『SICKなら元の持ち主とか割り出せないんすか?』


「難しいですね、さすがに指紋や皮脂も残ってないでしょう。 在籍生徒くらいならなんとかなるかもしれませんが」


「おいらとしちゃ“誰が持っていたか”より“なぜあの放送室に置いてあったか”が重要だと思うな、明らかに場違いだろ」


「なぜ置いてあったかですか……おや?」


 何気なしに1ページずつ夏休みの友を捲っていたおかきの手が止まる。

 どこまでも未記入の宿題が続く中、いよいよ最後の1枚が捲れると、カレンダーとして設計されたそのページだけ鉛筆で書きこまれた痕跡があった。

 元々は夏休みの残日数を視覚的に子どもへ伝えるためのものだろう。 1日1日を惜しむような筆跡が並び、8月31日の欄には子どもの字で大きく「ヤダー!!」と大層な未練がつづられている。


『筆者の無念が伝わってくるっすね』


「というか最終日までこの子は一切宿題に手をつけなかったわけか、将来が心配だな」


「……キューさん、計測器の類はありますか?」


「ん、いろいろ用意してあるけどどれだい?」


「ではこれを」


 宮古野が白衣の裏側からドッサリと取り出した機器の山から、おかきは目的のものを手に取る。

 計器の先端に針がついたそれは、現実強度を測定するための携帯測定器だった。

 まず何も刺していない状態、つまりこの部屋の現実強度を「1.0」と設定。 次に夏休みの友へ針を刺すと、その数値は「0.9875」を示した。


「キューさん、この数値はどう思います?」


「うーん、ちょっと低いけど危険視するレベルじゃないかな。 パワースポットや歴史ある寺院でもたまにあり得る数値だ」


「ですが、あの学校は常に現実強度が低い状態だった」


 おかきも栄螺螺旋の旧校舎を訪れた際、開かずの放送室を含め何度か計測を行っていた。

 結果として計測結果は常に1以下。 はっきりとした悪影響は現れないが、あの学校一帯は常に現実が不安定な状態に置かれていた。


「……もしかしたら原因に心当たりがついたかもしれません」


『ほ、本当か!? このいんへるのから抜け出せるのか!?』


「まだ確信はありません、ですが試してみる価値はあります。 というわけで、ミカ」


 おかきはそっとミカの肩に手を置く。

 数々の加護を知らぬ間に受けたおかきの手は触れるだけで多少の雑霊を消し飛ばすが、ミカやユーコほど自我が確立していれば抵抗できるものだ。


 本人……否、本霊にとってはここで消し飛んでいた方がまだ幸福だったかもしれないが。


「もう1ループ行きましょう、もうしわけないですがもう一回死んでください」


『………………へええぁああ!!?』

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