8月出口 ⑤
『……というか思ったんすけど、そんな危険なところ一緒に行く必要あるんすか? 万が一あったら大変っすよ』
「ユーコさんにばかりリスクは押し付けられませんよ、一蓮托生です」
『ウェッへっへ、そりゃ嬉しいっすね。 まあ万が一死んでも自分が成仏させないんで安心してくれていいっすよ!』
「それは安心……でいいんですかね?」
希死念慮に富んだ雑談に花を咲かせつつ、おかきは床が抜けそうな廊下を慎重に歩む。
下駄箱が並んだ玄関を通り抜け、おかきはすでに1週目の自分が放送を聞いたあの階段までたどり着いていた。
「ここですね。 最初の私はこの階段から下に降りようとして意識を失い、そのままループが始まりました」
『うへー、それ時間巻き戻ってなかったらヤバかったんじゃないすか?』
「良くて大怪我か、悪くて死……ああ、もしかしてこれで予言された死も1つ消化できたかもしれません」
『喜んでいいんすかそれ』
「喜ぶどころかループしてるので今までの分もリセットされている可能性が……と、ここが最初に目覚めた教室ですね」
おかきは階段を登ってすぐ近くに見える教室の戸を開ける。
建付けの悪い扉を乱暴に開け、舞い上がる埃をに口元を抑えながら中に入ると、教室の床には積層した埃の中に人型の痕跡がくっきりと残っていた。
目測でわかる身長はほぼおかきと同じ、九頭から渡された紙によって転移してきた際のものだ。
『わー、こんなホコリ積もってるの初めて見たっすよ。 赤室の旧校舎はああ見えて掃除行き届いてるっすからね』
「SICK直通の秘密基地みたいなものですからね、しかしこれは……」
『この殺人現場みたいな人型の跡がどうかしたんすか?』
「私がこの学校に足を踏み入れたのは2回目です、1回目は最初のループ……つまり時間がリセットされているなら、ここに私が寝ていた痕跡が残るはずがない」
『んー、つまりどういうことっすか?』
「この学校内部はループの影響を受けていないということですね、つまりあの放送も同じタイミングで発生するとは限らない」
得るべき情報を得たおかきは現場を荒らす前に教室を出て、廊下の先に待つ闇へ視線を向ける。
見取り図の通りならば、問題の放送室はこの廊下の突き当りにある。
『おかきさん、自分だけスーっと行って調べてくるっすか?』
「いえ、ここまで来たら一緒に行きましょう。 もし私がまた気絶したら頭ぶつけないようにお願いします」
『オッケーっす、自慢のポルターガイストが唸るっすよー!』
ユーコの軽口に緊張した心を解されたおかきは、大きく息を吐いて慎重に歩を進める。
ギシギシと軋む床板が、まだ見ぬ“何者か”に自分たちの接近を知らせるようでひどく居心地が悪い。
夏の蒸し暑さが肌に張り付き、喉の奥に何かが詰まったような息苦しさの中、おかきは1秒1秒がどこまでも鈍重に思えた。
しかし全神経を研ぎ澄ませた警戒とは裏腹に、おかきは何事もなく廊下の終端へ到着する。
目の前にはすりガラスがはめ込まれた木製の扉があり、表面には「放送室」の札が貼り付けられていた。
「……ユーコさん、この時点で何か感じられますか?」
『ん-、自分にゃなんにも。 玄関にぶら下がった無念の方がよっぽどっすね』
「そこまでですか、当てが外れたかな……」
扉に手をかけて力を入れてみるが、いくら体重をかけて押しても引いても開かない。
単純に建付けが悪いなら多少はガタつくものだが、目の前の扉は根が生えているかのようにビクともしなかった。
「うぎぎぎぎ……! 開かない……ですねぇ……ッ!!」
『事前情報通りっすね、じゃあ自分の出番っすか!』
「お願いします、けど気をつけてくださいね。 危険と思ったら私を置いてでも逃げてください」
『いやっすね~その時は一緒に逃げましょうよ~! じゃ、行ってくるっす!』
依り代の黒板消しからぬるりと這い出たユーコは、そのまま放送室の扉を透過まだ見ぬ向こう側へとすり抜けていく。
……だが、およそ3秒後。 バヂンと激しい音が鳴ったかと思えば、通り抜けたはずのユーコは扉から飛び出し、勢いそのまま反対側の壁をすり抜けて吹き飛んでいった。
『ぬわーーーーーーー!!!!??』
「ユーコさーーーん!!?」
――――――――…………
――――……
――…
『ハァ……ハァ……死ぬかと思ったっす……』
「落ち着いてください、すでに死後です。 何があったんですか?」
『そうだそうだ、聞いてくださいっすよおかきさん!』
隣の教室まで吹っ飛ばされたユーコは、戻ってくるなり鼻息荒く起きた出来事を語り出す。
幽霊とはつまり生前の無念など負の想いが募った情報の塊。 曰く扉の向こうには、それだけの情報量を遮るほど強い“何らかの感情”が壁となっていたと。
「な、なるほど……それは玄関にたまっていたという無念とは別のものですか?」
『なんというかジャンルが別っすね、同じ“美味しい”という括りでもケーキとカレーぐらい別ものっす』
「うーん、何となく理解できました。 つまり突破は不能と……」
『いや、無理やり突っ込めばこじ開けることはできそうっす。 ただ1人じゃ難しいっすね、せめて自分かそれ以上の霊体がいれば話は別っすけど』
「ほう、霊体ですか。 いい知らせですがあいにく心当たりが……っと、すみませんちょっと失礼します」
SICKからの着信におかきはユーコとの会話を一旦中断し、携帯を手に取る。
しかし電話口からあいさつ代わりに聞こえてきたのは、困惑するような宮古野の唸り声だけだった。
「……キューさん? どうしました、何かトラブルですか?」
『あー、おかきちゃん? 悪いんだけど一度こっちに戻ってきてもらっていいかな、君にお客さんが来てるんだけど』
「客? このタイミングで来客はないはずですけど……もしかしてパワータイプメリーさんの襲撃ですか?」
『何それ怖い。 そっちも気になるけどたぶん別件だ、本人はミカミサマと名乗ってるんだけど』
「………………は?」
『おかきちゃんの知り合い、いや知り霊? 今通話を代わ……おわーちょっと待っ……!』
『――――助゛け゛て゛く゛だ゛さ゛い゛ぃ゛!! も゛う゛悪゛い゛こ゛と゛は゛し゛ま゛せ゛ん゛か゛ら゛殺゛さ゛な゛い゛で゛ぇ゛!』
「…………………………は?」




