8月出口 ②
「なんやおかき、悪い夢でも見たような顔して。 ……今が何月何日? 7月28日やで」
「どしたの新人ちゃん、まだ寝ぼけてる? ……ミカミサマ? 天戸祭? なにそれ?」
「夢見が悪いならいい薬あるわよ、死の予言なんて貰って気が滅入ってるんじゃないの?」
――――――――…………
――――……
――…
「――――これその者が悪い夢じゃなければ、時間が戻ってますね……これ」
2度目の終業式を終えたおかきは、真っ先に駆け込んだトイレの個室で頭を抱えていた。
以前はトイレに入ることに後ろめたい気持ちが否めなかったが、慣れというものは恐ろしい。
今となってはこうして頭の整理をつけるために利用するほど女子トイレにも抵抗がなくなってしまって。
「落ち着きましょう、仮に時間が撒き戻ったとしてその原因は……間違いなくあの校舎ですが」
思い当たる節など1つしかない。
にっくき九頭 歩の口車に乗せられ、まんまと触れるまま転移してしまったあの校舎。
校内放送を聞いた瞬間、おかきの意識は彼方へと飛んでいった。 間違いなくあれが時間移動のトリガーだ。
「しかし部長はなんのためにこんなことを……? 理由を考えろとは言われても……」
「おかきー? 大丈夫? お腹痛いならちょうどまだ臨床前の胃腸薬あるけど」
「あっ、大丈夫です問題ないです今行きますから結構です」
甘音のモルモットとされる前に一人会議を打ち切り、おかきは女子トイレを飛び出す。
九頭の意図も気になるが、本当に時間が夏休み前に戻っているとすれば由々しき問題だ。
ミカミサマをはじめとして夏休み中に起きた事件、それらすべてが最初からやり直しになってしまうのだから。
「……いや、むしろこれなら」
――――――――…………
――――……
――…
「キューさん、私未来から来たって言うと笑います?」
「急にどうしたおかきちゃん」
「実はですね……」
終業式を終え、SICKへ訪れて早々、おかきはこれまでの経緯を洗いざらい話した。
何も隠す必要はない、この職場には超常現象に対する理解がある。
なにより報連相を密にしたほうがこれから連発する難事件ももっとスマートに解決できるはずだ。
「んー……なるほどねぇ、何か証拠になりそうなものは提示できるかい?」
「これからかわばた様の調査ですよね? 転移後の座標近くで村人たちが抗議デモを行っています、それと向こうでキャンピングカーが用意されてます」
「ふーむ、デモ隊はともかくたしかにキャンピングカーは用意してある。 それに転移ゲートは試作品だからまだ話してなかったはずだ」
「かわばた様の正体などについても話せますよ、すでに一度解決した事件なので」
「わかった、真偽はともかく一度信じよう。 ただそのことはあまり人に話さない方がいい」
「何故ですか?」
「多くの人間が未来の出来事を認知して行動すればこれから起きるはずの出来事がズレてしまうかもしれない、最悪なのが君の“死の予言”が的中してしまうことだ」
「そういえばそんなものもありましたね……」
何人かの生徒が夏休み突入前におかきへ与えた、不確定な死の危険。
もともとその危険を死なない程度に消化するため、色々危険な任務に身を投じていたが、それどころではない事態が多すぎておかき本人も忘れかけていた。
「自分のことなんだから忘れちゃ困るよ! このことは君とおいらの秘密だ、他には誰かに話したかい?」
「いえ、まずキューさんに相談してから決めようかと思っていたので」
「満点だ、君が影響を受けたオブジェクトについてはこちらからも調べてみよう。 場所系の異常性なら特定も難しくないはずだ」
「お願いします、それでかわばた様調査の方針としては……」
「できるだけ前回の行動をなぞるようにしよう、その方法で生還したなら下手に改変するとかえって危険だ」
「ですよねー……私もう一度溺れかけるんですか」
かわばた様事件の道中で起きたことを思い出し、おかきは気が滅入る思いを隠しきれない。
死線に次ぐ死線、リバイバル上映される走馬灯、何より仲間が傷つけられる光景をもう一度見せられるのが辛かった。
「……そういえば転移先では子子子子 子子子と遭遇しますけど、確保は難しいですか?」
「おっと寝耳に水の情報だなそれは。 うーん……せっかくのチャンスだけど今回は時間がない、下手に突いて未来が変わるのも困るから現状維持で行こう」
「わかりました、前回と同様なら魔化狼組のボスを捕まえられるだけよしとしましょう」
「待ってくれおかきちゃん、情報の洪水でおいらを溺れさせるのは!」
「本当どうしてこうなったんですかねえ……」
子子子と一時的に協力し、河童たちを保護しながらかわばた様を鎮め、最終的には指定暴力団の頭を打破する。
結果だけ綴れば頭が痛くなりそうな字面だ、先に報告書をまとめて提出すれば宮古野は泡を吹いて倒れるかもしれない。
「……ちなみに、前回出てしまった犠牲者を救う方針は」
「許可はできないな、時間の流れというのは多少の誤差ぐらい収束するようにできている。 人命が関わるような大きな出来事はその後の流れも大きく変わってしまう」
「そう、ですか……わかりました」
「ごめんね、だけど君は君のやるべきことに集中してくれ。 もし他のことに気が取られてぽっくり死んじゃったら成仏もできないぞ」
「その時はユーコさんたちと仲良く旧校舎に居着きますよ。 ……では、そろそろウカさんたちと合流してきます」
「おう、行ってらっしゃい。 ちなみに子子子を一発引っ叩くぐらいならおいらも許すぞ!」
「善処しまーす……」
玉虫色の返事を返し、おかきは二度目の事件解決へと臨む。
後ろ髪を引かれないわけではない、かわばた様事件でも今からなら救える人間もいるはずだ。
これから起きる他の事件も事前に対処すればより被害を小さくできるかもしれない、それでも……
「……まあ、その時は柔軟な姿勢で臨機応変に対応する方針で」
「絶対だめだからね! おいらとの約束だぞー!」
後ろから刺される釘は聞こえなかったふりをし、おかきは急ぎ足で函船村へと向かう。
そしてこの後、無事に前回と同じチャートを辿って解決へ導くのだが……
――――――――…………
――――……
――…
「……おかき? もー寝ぼけてるなら顔洗ってきなさいよ、今日から夏休みが始まるのよ?」
「…………なんで!!?」
――――夏休み、3週目。
おかきはまた、7月28日の終業式へと戻ってしまうのだった。




