正しき値札 ③
「着いたぞ、ここがいわゆる聖地というやつだな」
「聖地ってそういう意味じゃ……いや元来の意味で言えば確かに聖地ですね」
鳥居をくぐり、長い石段を踏みしめる。
真夏だというのに爽やかな風が吹きつける頂には、小さな拝殿と賽銭箱がぽつんと佇む境内があった。
賽銭箱の後ろには拝殿へ上がるために備えられた段差、幅が広いそれはちょうど人が腰かけるには適した位置と高さだ。
「……ここで2人並んで話していたわけですね」
「ほう、まるで見てきたようなセリフだな。 SICKには過去を観測する装置があるのか?」
「少なくとも私はそんな機械見たことないですね、知ったのは別件からですよ」
階段の表面をおかきは指で撫でる。
九頭と父親が邂逅したのは塔に昔の話、当然ながら痕跡になるようなものなど残されていない。
「……この神社はいったい何なんですか?」
「ただの神社だよ、人知れず朽ちていたが保存状態が良いため秘密基地の1つとして使っている。 拝殿の中には非常食や寝袋が詰まっているぞ」
「バチが当たりますよ……いや、もうこの社には神様もいないんでしょうね」
「ああ、ここはとっくに信仰を失って空っぽの器だよ……さて」
九頭は拝殿へ上がる段差に腰かける。
隣にはあからさまに一人座れる分のスペースが開けられているが、おかきは立ったまま話を聞く姿勢だ。
「なんだ連れないな、中学時代はよく全員並んで買い食いだってしただろう」
「今と昔じゃ状況も立場も違いますよ、いいから続きを聞かせてください。 父とは会ったのはいつの話ですか?」
「そうだな……たしか2~3年だったかな、話の内容はカフカについてだ」
「……なぜその時期にカフカの話題が出てくるんですか」
仮に3年前だとすれば、最初のカフカが発見された時期とほぼ同じだ。
SICKが情報を簡単に漏らすとも考えにくく、部外者である九頭が知る方法があるとはおかきには思えなかった。
「――――ここまで言って分からないか?」
「はい……?」
「まあいい、今はとりあえず俺の話を聞け。 お前の父と会ってカフカについて話したのは間違いではない」
「その時に父の様子はどうでした? 何か変わった様子とか気づいた点はありませんでしたか?」
「落ち着け、俺もあったのはその時が初めてだったんだ。 だが特に話している間に妙な点は感じなかったな」
「家族について何か話は?」
「なにも。 カフカの話が終わったらそのまま別れたよ」
「……そうですか」
気色の悪い違和感がおかきの喉に突っかかる。
九頭の言葉から父親の姿が見えてこない、ピースをはめる枠だけを渡されているような気分だった。
彼は聞かれたことに答え、必要な情報を手渡している。 だが同時に、何かを企んでいる気配をおかきは感じていた。
「裏がある、とお前は感じているな?」
「……バレているなら単刀直入に聞きます、部長は何が目的なんですか?」
「俺たちの目的はSICKが隠しているような異常な存在を白日の下にさらすことだ、それは前にも話したはずだが」
「そういう意味ではありません。 突然私を拉致してこんなところへ連れてきて、父の話まで聞かせるその目的は何なんですか?」
「お前が欲しいからだ」
「はっ?」
「物事には順序がある、ダイスを振る前にGMを説得して補正値をねだるようにな」
「程度によってはマナーが悪いですよ」
「ええい話を腰を折るな。 ともかく俺の目的を果たすにはお前の力が必要なんだ」
重たい腰を上げ、九頭はおかきに左手を差し出す。
「藍上、俺と来い。 俺ならお前の父親と合わせることができる、SICKの追跡も今なら振り切れる、悪い条件ではないはずだ」
「…………なるほど、そういうことでしたか」
九頭 歩は父親について真に迫る情報を握っている、そしてこの手を取らない限り話す気はない。
これは交渉だ、おかきという人材を確保するために手に入れるための。
当然おかきには拒む権利もある……が。
「ふざけていますね、その手を取るメリットがあると思いますか?」
「お前の目的は父を見つけることだろう、SICKより俺と行動を共にする方が確率は高いはずだ」
「…………」
九頭の言葉は事実だ、おかきもそれは分かっている。
ここまで自分が生きてきた理由、カフカとなって危険な世界へ身を突っ込んでも足掻いてきた目的が目の前にぶら下げられている。
「……私は、あなたたちの活動理念に賛同できない。 内に引き込んでもきっと裏切りますよ」
「なに、俺は気にしないさ。 獅子身中の虫を抱えたってかまわない、俺の元でどう活動しようがお前の自由だ」
「理由が分かりません、なぜ私をそこまで気にかけるんですか?」
「お前の半生は知っているが、その自分を過小評価する癖はやめろ。 ボドゲ部の活動に食らいついてきたのはお前ぐらいだぞ?」
「他の新入生は1週間持たずに泣いて逃げていきましたものね」
「ああ……何度ボロカスに負かされようと、次には対策を講じてまたボロクソに負かされ、それでもまた懲りずにイカサマや対策を重ねて面白いように負けて……」
「貶したいんですか褒めたいんですかどっちなんですか!?」
「ははは口が滑った、ともかく俺はお前を評価している」
「っ……」
早乙女 雄太も部長たちを嫌っているわけではない。
むしろ中学時代の部活動は彼にとって大切な思い出であり、先輩たちのことは少なからず尊敬している。
そんな相手から頼りにされて嬉しくない、といえば嘘になるだろう。
「お前がいれば俺は無敵だ――――俺と来い、早乙女。 必ずお前が見たい景色を見せてやる」
九頭 歩は決してつまらない嘘はつかない。
口約束ではなく、その手を取れば彼は実現のためにあらゆる努力を惜しまないだろう。
なんて甘美な蜜、あれほど焦がれた父との再会を拒む理由は何もない。
それでも、おかきは――――
「……すみません、部長。 なんか嫌です!」
――――差し出されたその手を、払いのけた。




