正しき値札 ①
『……なんだ、そちらから電話とは珍しいな藍上。 ミカミサマは倒したようだがまだ何か用事が?』
「私です」
『……? 何を言って――――ああいや待て、お前どっちだ?』
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――…
「やっほー、可愛い忍愛ちゃんの復活だよー! さあさあみんな快気祝いに焼肉でも奢って、一番高いやつ!」
「邪魔や、今忙しいからあとでシバいたる」
「病み上がりに対する語彙じゃないんだよなぁ……って何やってんのパイセン?」
ミカミサマ事件の翌朝。
呪いから復帰した忍愛が食堂へ顔を出すと、テーブルに着くウカの周囲を真剣な顔をした職員たちが取り囲んでいた。
ウカの手にはひし形の水晶がぶら下がったヒモが握られ、卓上に置かれたスマホの上をプラプラと揺れている。
「うぐぐ……あかん、やっぱうちにダウジングは無理や!」
「うーん、予想通りか。 おいらたちの方でどうにかできればよかったんだけど……」
「ねーねーキューちゃん、これ何やってんの? というか新人ちゃんは?」
「やあ山田っち、昨日の今日で元気だね。 おいらたちもそのおかきちゃんを探しているところなんだぜ」
「ん? どゆこと?」
「行方不明ってやつや、ミカミサマ事件を解決した直後にな」
振り子を投げ捨てたウカは卓上のスマホを指先で弄ぶ。
甘音からプレゼントされたストラップがぶら下がったそのスマホは、おかきに支給されていたSICK製のスマホだ。
それがここにあるということは、おかきの位置情報をGPSで追えないということを意味する。
「昨日、廊下に落ちているこのスマホをおいらが発見した。 その時はうっかり落としたのかなと思ったけど……」
「今日になっても一切姿が見えん、さすがになんかきな臭いやろ?」
「カメラ記録は? SICKの中ならいくらでもあるでしょ」
「内部はね、B-2ゲートを潜ってからはほとんど映像に姿を映していない。 意図的に避けていたんだろうね」
「新人ちゃんが意図的に、か……」
忍愛もSICK内外にある監視カメラの位置はおおよそ把握しているが、そのすべてを偶然回避して歩くなど不可能に近い。
つまりおかきはわざと自分の痕跡を辿れぬように姿を消した、ということになる。
「うーん、SICKの激務に嫌気がさして逃げちゃったとか?」
「おいおい、仕事がいやなら退職の自由はあるよ。 まあ記憶はある程度消してその後の生活も監視させてもらうけど」
「逃げてもおかしくはないな」
「ははは、ノーコメントで。 けどおかきちゃんの定期ストレスチェックは平均以下だった、そんな突発的に逃げ出す精神状態ではなかったはずなんだけど……」
「まあ新人ちゃんらしくはないよね」
おかきなら辞職を考えていたとしても、もっと理知的な方法を選ぶだろう。
なにより彼女にはSICKに居続ける理由がある、こんなところで諦めるはずがない。
「ミカミサマの影響が残っていたのでは?」
「霊的環境における特殊なストレスで一時的に混乱しているのかと」
「ハナコ氏のパワハラが問題だった!」
「俺゛も゛辞゛め゛た゛い゛!!」
「それでキューちゃん、この熱い議論を交わしてる職員たちは何?」
「おかきちゃんの隠れファン兼暇人どもだよ、これでも一応人探しに役立ちそうなスキルのスペシャリストたちだ」
「仕事せえや」
とても失踪した職員1名に対して割く人員数と熱量ではないが、それはそれとして無視できない問題であることには違いない。
あらゆる追跡手段を振り切っての唐突な失踪、事件性を考えるなという方が難しい。
「……キューちゃん、直近でボクらが救わなきゃいけない世界ってある?」
「今のところ他の職員たちで世界の平和は守れているぜぃ、けど君も病み上がりなんだから無茶するなよ」
「なーに、こんなん焼き肉食べたらすぐ治っちゃうさ! というわけでパイセーン」
「せやな……さっさとおかき見つけ出して、お嬢も呼んで4人で飯でも行こか」
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――――……
――…
「う、うーん……ここは……?」
眩しい光とはためく自分の髪に顔を叩かれ、おかきはゆっくりと目を開ける。
容赦なく照り付ける日輪、開け放たれた窓から吹き込む風、そして自分を拘束するシートベルトとチャイルドシート。
おかきが目を覚ませばそこは、スポーツカーの助手席だった。
「……な、なんじゃこりゃー!?」
「おお、起きたか。 どうもお前の身長だとチャイルドシートが必須らしいから急ぎ用意したぞ、おかき」
「寝起きで突然喧嘩売られましたよこの野郎! ……って部長!?」
「はっはっは、おはよう! その反応からすると本当に起きたようだな、安心したぞ藍上」
こなれた手つきでハンドルを握っているのは、元TRPG部部長である九頭 歩。
ミカミサマの件では何があろうと直接顔を見せなかった人物が突然目の前に現れたことにおかきはフリーズするが、すぐに拳を固めていつでも殴れる体勢に入る。
「わかっていると思うが今は運転中だ、これでもペーパードライバーだから下手に小突くなよ」
「それは私の気分に寄りますね……というかどういう状況なんですかこれ、なんで部長が運転を!? そもそもミカミサマはどうなったんです!?」
「おいおい、ミカミサマはお前が除霊したじゃないか。 お前の友達も無事だよ、SICKは完璧に火消しを行った」
「私が……? いや、そんな記憶は……あれ、そもそも私なんで……」
痛む頭を抑えながら、おかきは失った時間を思い出そうと必死に記憶を辿る。
だがそもそも思い出せるはずがない。 そのときに活動していたのは私であって“私”ではないのだから。
「お前も混乱してるんだ、聞きたいことは山ほどあるだろう。 今は少し頭を休めろ、まずはこのまま目的地に向かう」
「目的地……? どこに向かっているんですか、この車……」
「とある神社、といえば今のお前ならわかるか?」
「…………まさか」
「ああ、そのまさかだ早乙女――――お前の父親と出会った場所だとも」




