藍上おかきの供述 ③
「……なんのことでしょうか、私は私ですよ? たしかに呪われていますが見ての通り正気です」
「んー、そうよね。 でもなんかちょっと違う気がするの」
なんとなく、直感、シックスセンス、なんとまあ曖昧なものか。
そんなもので難癖をつけられてはたまらない、私は私のままなのだから。
「アクタ、もう少し言語してくれないと困ります。 後ろでハナコさんが私を撃とうか迷ってるんですよ」
「撃っていいなら撃つが?」
「うーん、探偵さんは探偵さんだけどなんだかちょっと探偵さんじゃない感じ……ちょっと失礼」
アクタは陀断丸の刃に触れたまま、私の手に柄を握らせる。
なるほど呪いの類ならばこの手法で解呪できるかもしれない、だが私には無意味だ。
『ふむ……某にはなにもおかしな点はないように思えますな』
「そらそうですよ、アクタもこれで満足ですか?」
「……うん、そうね! 今はそういうことにしておいてあげるから、あとでちゃんと返してね」
……なんだろう、背中に怖気が走った。
差異点はないはずなんだが女の勘というのは恐ろしい。
「そろそろ撃っていいか?」
「いいわけないですよ、弾も限りあるんですからミカミサマに取っておいてください。 ほら行きますよ!」
多少強引にだが話題を切り上げ、有無を言わさないよう先を歩く。
アクタのせいでアドレナリンで麻痺していた体に痛みがぶり返してきた、さっさとミカミサマを倒して眠ってしまいたい。
「キンジローさん、周囲のマッピングは可能ですか?」
『ごめん、ずっと試してるけど無理なんだ。 たぶんその階層の空間がグチャグチャに混ぜられてこっちじゃ観測が不可能に近い』
「やはりですか、わかるのはかろうじて私たちのGPSぐらいですね。 となれば頼りになるのはコレだけですか」
片目を閉じ、意識を瞼の裏の暗がりに集中させる。
何もないはずの闇の中から浮かび上がるのは、眼球をくり貫かれて怨嗟の涙を流す女性の生首だ。
不思議と湧いてくる心地よさをねじ伏せ、生首から感じる思念に集中すれば、おのずと行くべき道が頭の中に浮かび上がってくる。
「……アクタ、もし私の様子がおかしいと感じたらすぐに引っ叩いてください。 気を抜くと呪いに引き込まれてしまうかもしれない」
「もう叩いていいの?」
「今の状態をニュートラルとしてここからさらに変化があればお願いします!」
「了解したわ、それじゃ案内をお願いね」
……背中からじっとりと湿った視線が絡みつく。
これはこれで呪いとは別ベクトルで嫌なものだ、とっとと終わらせよう。
「ところでハナコさん、このままミカミサマとぶつかったとして勝てる見込みはあるんですか?」
「知らん、相手の出方に合わせて今ある手札で臨機応変に対応する」
「無策ってことじゃないですか」
『幽体に効く装備ってのは限られてるからどうしても機動部隊へ優先的に渡されるんだ、今回はその機動部隊も犠牲になっちゃったわけだけど……』
「それに無駄に重たい銃器を抱えたって動けねえだろ、なら最小限の装備と機動力で勝負するのが合理的だ」
「合理的ですかねえ……そのせいで私こんなボロボロなんですけど」
「だが生き残ってるだろ、それに副長自作の機械類を扱いながらあの目玉オバケと戦える自信があるか?」
「……まあ、無理ですね」
思い浮かんだのは何キロもある銃や防弾ベストに押しつぶされた自分の姿。
とてもじゃないが下階で戦ったエージェントたちが身に着けた装備を着て、まともに動ける自分が想像できない。
「それに幽霊ってのは逃げの一手に回られると厄介なんだ、ある程度油断してもらわねえと困る。 おかげでここまで敵の懐へ潜り込めた」
「本来ならここで私たちを手ごまにできる予定だったはずよね、相手としては想定外だったでしょうけど」
乗り込んだ3人のうち、全員が呪いに対して耐性持ち。
しかもそのうち1人はむしろ呪われたことを利用して自分を追い詰めてくるとは、ミカミサマも頭を抱えていることだろう。
もしかして私が見ている生首が鳴いているのはそういう事なのだろうか?
「うーん、それにしてもミカミサマって神というより人間らしいというか悪意的というか……」
「おいボーとしたまま歩くな、そっちは壁だぞ」
「おっと、これは失礼しま……いえ、こっちで合っていますね」
ミカミサマに囁かれるままに歩く中、突き当たった壁に手を伸ばす。
すると本来なら触れるはずの指先は壁の中へすり抜け、その先に空間があることを示した。
「……幻覚の類か、狡い真似しやがるな」
「呪われた人だけが気付いて通れる仕掛けのようですね、私はイレギュラーですが」
『なんというか本当に人間臭いな……この手の呪いを振りまく幽霊ってもっと本能に忠実というか、ここまで回りくどい手は使わないんだけど』
「その考察はのちほどにしましょうか、ところでこうなるとミカミサマが次に打って来る手は何だと思います?」
「相手ももちろん私たちが近づいていることには気づいているわね?」
「だったらそりゃもちろん……」
私を押しのけ、ハナコが先んじて壁の中へ足を踏み入れる。
続けてアクタ、そして最後に私が壁を通り抜けると……待ち構えていたのは想定通りのものだった。
「……曲者が来るってわかってんだ、自宅の前には番犬を置いておくよな」
のっぺりとした黒一色に染められた、この世ではない異質な空間。
その中央には、私たちが倒したものとは別個体の――――あの目玉の怪物が立ちふさがっていた。




