望まぬ再開 ⑥
真っ暗な空模様は最高だ、星も月も見えやしない。
あの子を攫ってからずっとぐずついている天気、今は少し泣き止んでいるけどどうせすぐにまた降り始める。
雨雫、水たまり、H2O、少し電気を加えてあげるとこれもまた見えない爆薬になる。
足元にはコンクリ、釘に鉄筋、大気には酸素や窒素、ピュウピュウ耳を掠める風の音も何かを壊す周波数に換えられる。
そのすべてを使ってめちゃくちゃに壊せと私の中にある何かが囁くんだ。
こんな火種だらけの地雷原で、どうしてみんな平気な顔をして生きていられるんだろう。
「不思議だよね、探偵さん。 私にはこの星も簡単に弾ける爆弾にしか見えないや」
「そんな脆い世界を必死に愛して守っている人たちもいるんですよ、アクタ」
真っ暗闇の世界に鮮やかな彩があふれ出す。
彼女の一挙手一投足に目が離せない、小さな背丈に似合ってないコートすら愛おしい。
探偵さん、私に色を付けてくれた人。 私の爆弾を止めてくれた人。 私の世界に囁く煩い声を止めてくれた人!
「でも私に構ってていいの? もう時間はないよ」
「どうせ爆弾の停止スイッチはあなたが握っていますよ。 ここまでお膳立てをしておいて、勝ち目のないゲームは仕掛けないでしょう?」
「……ああもう、大好き」
本当にこの探偵さんは私のことをどこまで見透かしてくれるんだろう。
そこまで暴かれているなら隠す意味もないし、手元のスマホにタイマーの停止キーを打ち込む。
これで10分の時間制限はなくなった、ただしまだ起爆キーは私の手の中だ。
「探偵さん、どうして私がここにいるってわかったの?」
「地下の爆発に巻き込まれずに退避でき、自分の成果を間近で観測できる場所を考えたらたどり着きました。 悪花さんのお墨付きです」
「全知無能、そこまで推理を重ねれば精度も上がるか。 やっぱりあの時殺しておかなきゃダメだったわ」
なにもないビルの屋上はまるでダンスパーティーの会場みたいで、自然と足はワルツを踏んでいた。
だって素敵でしょう? まるでこの世界に私と探偵さんしかいないみたいで。
「それで探偵さん、私の目的は分かった?」
「……ええ。 あなたの目的はただ一つ」
探偵さんはゆっくりとその細い指を曇天の空に向ける。
雲の気まぐれで差し込んだ月明かりに照らされた彼女は、何かの絵画みたいに綺麗だった。
「――――異能の量産。 打ち上げ花火のように天使の妙薬を空へ上げ、空からこの周辺一帯を麻薬で汚染することだ」
――――――――…………
――――……
――…
「……大正解、さすがね」
目的を的中させた探偵を、アクタは拍手で賞賛する。
月明りに照らされたウルフカットの赤髪は打ち鳴らす手に合わせて揺れ、隈が浮かんだじっとりとした視線はおかきを掴んで離さない。
タトゥーの刻まれた首やピアスの空いた口元など、アクタという女性は爆弾のような危険な魅力が漂う人間だった。
「初めてあなたの“顔”を見た気しますね、アクタ」
「うん、これが私の素顔。 探偵さんと会うからおめかししてみたんだけど、可愛い?」
「一発ビンタをお見舞いしてやりたいです、あなた一人のためにどれだけの人に迷惑が掛かったと思ってます?」
「知ったことじゃないなぁ、私には関係ないもの。 それより探偵さんの推理を聞かせて」
ニコニコと無邪気な笑顔を見せるアクタは、手元のスマホをおかきにちらつかせる。
その画面には起爆スイッチを思わせるドクロマークのボタンが表示されていた。
「……ロの字状の地下階層、その中央部のデッドスペースに詰め込まれた大量の火薬と爆弾。 それだけならまだわかりますが、同時に麻薬を詰めることが不可解だった」
「あれね、スペースが足りなかったから手持ちの麻薬で埋めちゃったの」
「嘘おっしゃい。 あの階層は筒のようだという甘音さんの言葉で気づきました、あの地下は本当に麻薬を打ち上げるための筒だったんです」
「うんうん、それでそれで?」
おかきの淡々とした推理に、アクタは心の底から楽しそうな相槌を打つ。
事件の当事者だというのに、その態度はまるで最前席で演劇を眺める観客だ。
「爆発の威力は地下を包み、逃げ場を失ったエネルギーはデッドスペースから上に逃げていく。 上階は空間を拡張されたカジノスペースもあります、詳しい計算はわかりませんがおそらく……」
「足りるわ、ムカデ砲の要領。 “砲身”の長さと段階的に炸裂する火薬に後押しされた薬は空の上まで届いて羽のように降り注ぐの」
「……だから、“天使の妙薬”」
「洒落てるでしょう? 洒落にならないくらい」
雲の高さまで打ち上げられた麻薬は爆発の熱と湿気に融け、やがて雨とともに降り注ぐ。
たとえ失敗しても舞い上がった粉塵は決して消滅しない、灰となって街に降れば結果は一緒だ。
麻薬に汚染された水源はいつどこで誰が触れるかわからない、その先に待っているのは多数の人間が巻き起こすあのファミレスのような悲劇だ。
「すごいすごい、全部当たり! 本当にすごいわ探偵さん……けど、そこまで?」
「…………」
わざとらしく首をかしげて見せるアクタの態度に、おかきはやはりかと言いたげなため息をこぼす。
ここまでの推理はあくまでアクタの目的を当てただけに過ぎない。
おかきが本当に解き明かさなければならないのは、引きずり堕ちるというふざけた組織の黒幕だ。
「地下の大男は本当のボスではないですよね、数が合わない。 甘音さんを洗脳した張本人なら表に出ず、隠れて行動すべきだ」
「なら本物は誰かしら、もしかして私? それともレキ? ああ、雲貝の能力も凶悪だからきっと彼ね!」
「違いますよ、言ったでしょう? 洗脳した張本人なら表に出ず隠れるべきだと」
「………………」
「いますよね、忍愛さんに殴られてすぐに逃げた人間が一人。 たしか名前は――――」
おかきは空を差していた人差し指をゆっくりとアクタの背後へ向けて下ろす。
そしてこれまでのあらゆる創作物で幾度となく繰り返してきた“その台詞”を、探偵ははっきりと告げた。
「――――實下。 この事件の犯人はお前だ」




