カチコミカチコミ申す ②
「いやあ……すごいですね、SICK。 あんな急加速で乗員無事なんですから」
「そもそもバカげた加速機能つけないでほしいんだけどね……空まで飛んだらそれはもうただのロケットなんだよ」
「まあ私は乗り込む前から気づいてたわ、探偵さん」
「ならもっと早く忠告してほしかったですね……局へ突っ込む前に」
ひっくり返ったおかきは、1人だけ完璧な対ショック体勢を取っていたアクタを恨みがこもった目で睨む。
おかきたちが乗りこんだ“霊柩車”は、すさまじい出力でSICKの地下を飛び出し、そのまままさかの飛翔。
宙を突っ切る最短距離で目的の放送局へと文字通り突撃、正面玄関をぶち破ったのだ。
「なるほど、これが霊柩車……私たちが死んでいないのが不思議なくらい……」
「オラッ、寝てる暇はないぞ。 キンジロー、お前はここに残って迷彩と人避けの陣を張れ」
「ね゛え゛!! その前に何か言うことあるんじゃないのリーダー!?」
「車からは絶対に出るな、連絡はいつもの周波数以外すべて無視しろ。 退路の確保を怠るなよ」
「クソブラックが……!!」
「ガキと爆弾魔は着いてこい、人手が必要だ。 この社内からミカミサマの手掛かりを探すぞ」
「探すって……うっ」
運転席からの操作により、霊柩車後方のハッチが開かれる。
途端におかきの鼻を突いたのは生ゴミが腐敗したような臭いと、荒れ果てたロビーに倒れる死屍累々。
見渡す限りの犠牲者たちは皆、あのキャスター同様に眼球が喪失していた。
「んー……真新しいのから2~3日過ぎてるのまで混ざってる。 どうやら乗り込む前から手遅れだったみたい?」
「じゃなきゃこんな無茶はしない、認識迷彩積んでるとはいえ事後処理が面倒だからな。 生体反応がないのは確認済みだよ」
「……つまり、先に乗り込んでいたというエージェントの方々は?」
「遺族には十分な支援が保証されている」
哀れな被害者にも、勇敢だったエージェントたちにも、一目もくれずハナコはロビーの奥へと歩みを進める。
目的は受付の隣に張り付けられた館内図、彼女の目には初めから事件の解決しか見えていない。
「あー……気にしないで、リーダーはああいう人なんで。 コスパタイパ優先で血も涙もヘブアァ!!?」
重たい音を立て、上司への恨み辛みを零すキンジローへ叩きつけられたのは「清めの塩(業務用)」と書かれたビニール袋だった。
「キンジローさーん!?」
「ガキ、お前はそれ抱えて私の後についてこい。 何か妙なものを見かけたら迷わずぶちまけろ」
「グッ……ガハ……ま、待てやリーダー……心霊案件なら“ベートーベン”か“コックリさん”を呼んで……」
「タイパ優先だ、この2人で間に合わせる。 SICKエージェントすら取り込む相手に悠長な真似はしていられない」
「……キンジローさん、私たちは大丈夫です。 危険と判断した場合はあなただけでもすぐに逃げてください」
「でも……いや、わかった。 リーダーがいうならたぶんそれが一番だ、これだけ持って行って」
首をさすりながらキンジローは引き出しからフック型のイヤホンを取り出し、おかきとアクタへ投げ渡す。
イヤホンには加工された黒水晶がいくつも埋め込まれ、その上からビッシリと梵字がプリントされている。
「聞くだけで呪われる呪詛とかあるから、その対策が施した通信機。 僕たち4人以外の声は取り除くように設定してあるから」
「あら便利、バッテリーはリチウムイオン? この大きさだと火力は……」
「壊さないでね!?」
「すみません、私が見張っておくので。 ではキンジローさんもお気をつけて!」
おかきは軽く頭を下げ、アクタの襟首をつかんで急ぎハナコの背中を追いかける。
キンジローとやり取りしている間、すでに彼女は二階への階段に足をかけていた。
「ハナコさん、早すぎますよ。 単独行動は危険です」
「足並み揃えたいなら私に合わせろ、副長命令だから仕方ないがこちとらお前たちの雇用には懐疑的なんだ」
「……それは私がカフカだからですか」
「そうだ」
間を置かない即答、取り繕う気もないその態度にはむしろ清々しさすらあった。
「初めに私は否定派だって言ったろ。 SICKも一枚岩じゃない、中にはお前たちみたいな異常存在を職務に活用することをよしとしない連中もいる」
「悪花さんを殺害しようとした人のように、ですか」
「あんなクソバカカス野郎ほど過激じゃないけどな。 それでも未解明の特性があるかもしれない連中を運用するのはリスクがある、お前も実はミカミサマのような存在に操られていないなんて保証があるか?」
「ありませんね、なのでもしもの時は見捨ててもらって構いません。 その覚悟で私もここにいます」
おかきもハナコのあからさまな態度に気づかないほど鈍感ではない。
SICK内でときおり感じる敵意の正体についても、麻里元や飯酒盃たちから説明を受けたこともある。
本来なら排斥されるか厳重に収容されてもおかしくはない存在。 おかきが自由なのは、副局長である宮古野もカフカであるという後ろ盾に救われているだけだ。
「……いくらすり寄っても私からお前への評価は変わらないからな、ガキ」
「あのですね、さっきからずっと気になっていたんですけどそのガキっていうのやめてもらえませんか!? 私はこう見ても二十……」
「探偵さん探偵さん、ちょっと止まった方がいいかも」
階段を昇り切った靴が、ベシャリと嫌な感触を踏む。
足元に広がっていたのは黒い粘性の水たまり、それはミカミサマの影響をうけた者たちが流す黒い涙と同じ液体だった。
「……ひえっ」
「塩かけとけ、そして体調に少しでも異変があれば即報告しろ。 クソッ、単純に歩きにくいな……」
おかきが怯む一方、ハナコは舌打ち交じりに水たまりを踏みしめ、左右に伸びる通路のクリアリングを行う。
その手にはオートマチックタイプの拳銃が一丁、込められた弾丸はいつでも発報できる状態にある。
「アクタ、あなたは踏まない方がいいです……よく気付きましたね」
「ううん、私が気付いたのはそっちじゃないの探偵さん」
「へっ?」
「硝煙の気配、左右からくるわ」
アクタののんきな報告とほぼ同時に、左右の通路から現れたのは、サブマシンガンを装備した防弾装備のエージェントたち。
当然のようにぽっかりと空いたその眼孔からは、足元と同じ黒い液体がとめどなく溢れていた。




