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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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みいつけた ④

「探偵さん探偵さん! 浴衣着て浴衣! あと水着!!」


「アクタ……見ての通り今はそれどころじゃないんですよ」


 黒焦げた廊下のど真ん中でおかきは頭痛に苛まれる額を抑えている。

 目前で正座しているのは焼き切れた拘束服を着崩した女性が1人、叱られている立場もわきまえず欲望を叫んでいる。

 彼女の名前はアクタ、かつておかきによって捕らえられ、それ以来自分を捕まえた探偵に執着している犯罪者だ。


「クッソー、静電気爆発だと!? もうこれ以上はコンクリに埋めて固定するしかないぞ!」


「ふーんだ、探偵さんに合わせてくれないのが悪いもん」


「アクタ、二度と口ききませんよ」


「ごめんなさい」


 加えて、SICKの職員たちが手を焼くほどの脱獄スペシャリストでもある。

 彼女が持つのは「爆発物に関する異様な知識と技術」という常人からかけ離れた力。 

 そのスペックを使えば、自分の身体から引き起こした静電気から拘束を外す小規模爆発を起こすなど朝飯前だ。


「……それで、今度は何が起きたの探偵さん? 隕石? 侵略? 呪詛? 感染?」


「後半2つが正解です。 ……キューさん、本当に彼女を連れていく気ですか?」


「SICKは万年人材不足だ、使えるものは何でも使う。 それに言い方は悪いけど彼女なら目減りしても問題はない」


「あら物騒、どういうことなの探偵さん?」


「実はですね……」


――――――――…………

――――……

――…


「ふぅーん、なるほど。 たしかに探偵さんへの思いなら呪いなんかに負ける気はしないけど」


「愛されてるわね、おかき」


「とても複雑な心境です」


「ふふ、困ってる探偵さんも素敵よ? いいわ、力を貸してあげる」


 ミカミサマの呪いについて一通り説明を受けたアクタは、躊躇なく協力を申し出た。

 その眼には一点の曇りすらない……ただただ純粋な邪念がこもっていた。


「……ちなみに見返りは何を求める気です?」


「うふふふふ、探偵さんに浴衣着てもらって一日一緒に過ごす権利」


「いいでしょう」


「いいの!? いろいろと危ないわよおかき!?」


「忍愛さんは今もっと危ない状況です、友人の命と私の羞恥なら天秤にかけるまでもありません。 私だってSICKの一員、使えるものならなんだって使いますよ」


「探偵さん……!」


「鼻血を拭きなさい鼻血を。 ……キュー、そもそも根本の疑問なんだけどこいつって役に立つの?」


「役に立つか断たないかと言われれば……まあ役に立つ方だろうね」


 白衣の裾で鼻血を拭われながら、宮古野は困ったように肩をすくめる。

 

「おかきちゃんは加護こそあるけど呪いに打ち勝ても物理的なパワーが足りない、ミカミサマとやらを殺すためには火力も必要になるはずだ」


「ふーん……そのための人材ってわけ」


「あら、やきもち? ごめんなさいね、探偵さん独り占めしちゃって」


「ねえキュー、やっぱりこいつここで処したほうがいいんじゃない?」


「あーはいはいケンカしない。 もしもーし、こっちは人材決まったぜぃ」


『やっとか、待ちくたびれたぞ。 聞いていた限りそちらの適任は2人か?』


「いや、対霊専門チームに今呼びかけている。 ところで協力というならそちらも出せる人材はいるんだろうね?」


『当然、この九頭 歩1人だ!』


「ははは、協力の意味を一回辞書で引いてこいバカヤロウ」


『まあ待て、残念ながらこちらはミカミサマの呪いに抗う術がない。 故に差し出せるのは電話越しで指示を出せる俺1人が限界という結論だ』


「情報だけ提供して一方的にこちらの戦力を分析しようとは、相変わらず趣味が悪い(したたか)ですね」


 脇から吐かれるおかきの毒には、否定とも肯定とも取れない下手くそな口笛が返される。

 とはいえこの中で一番九頭の実力を知るおかきは、複雑ながら彼1人の協力でも十分心強いと思えた。


『時間がない、場所の分析は任せていいのか?』


「ああ……そういえばそろそろ放送局に接触した先遣隊から連絡があってもいいころだけど」


『……連絡は通話で行うつもりか? なら警告だ、()()()()()


 九頭の助言とほぼ同時に、宮古野のポケットに仕舞われていた通信機が着信音を鳴らす。

 一般の電話回線から外れた規格でやり取りを行うこの端末に連絡を入れるのは、SICKの人間以外ありえない。


「……部長はこう言っていますが」


「いや、派遣した職員たちだって呪詛や霊現象の専門家だぞ? まさかそんな……」


『その端末を今すぐ捨てろ、もしくは塩でも振りかけておけ。 今すぐにだ』


 ひときわ強い語調で警告する九頭の言葉を裏付けるように、白衣から引っ張り出した通信機からは、黒い液体が滲み出していた。

 オイルでも、ましてや故障などでもない。 その証拠に、まだボタンの1つも押して居ないはずの通信機は通話状態に――――

 

「――――副長ぉ、耳塞いでてくだせえ」


 すぐさま端末を投げ捨てようとした宮古野の手から、ヒョイと通信機が没収される。

 取り上げたのは天井に頭をこすりそうなほど背が高く、丈のあっていない白衣を着崩した猫背の女性だった。


『――――■■■■……■■……■■―――』


「あー何言ってんのかわかんねえよ、その声は陰陽部門の松阪か? SICKの人間なら化けて出んじゃねえよ死ね」


 通話越しに聞こえる不明瞭な言葉の羅列を聞き流し、猫背の女性はぶっきらぼうに通話を切る。

 そして全員があっけにとられる中、同僚の危機も、ささやかされた呪詛も気にせず、耳に付着した黒い液体を不快そうに拭い、その女性は握りつぶした通信機を宮古野へ返却した。


「あー……チーム“百物語”班長、ハナコ。 招集に応じただいま馳せ参じましたぁ」

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