みいつけた ②
「副局長、結果出ました。 やっぱ霊障っすねこれ」
「天笠祓 甘音の端末から微量の呪詛反応が検出されました、念のため当時刻に食堂を利用していた職員にはお清めプロトコルの実施を」
「血液、最近、尿検査異常なーし。 ただ脳波が多少乱れてるので精神干渉系の異常性では?」
「よーしみんなご苦労、以後おいらへの報告はいつも通り共有ファイルに上げてくれ。 それじゃ各自作業へ戻るように」
「「「はーい」」」
「……それでキューさん、忍愛さんの容体は?」
「うん、正直あまり良くはないかな」
カルテから顔を上げた宮古野は、分厚いガラスの向こうに見える、数えきれないほどのコードが接続されたベッドへ視線を向ける。
規則的になる心電図の音が響く中、枕もとに盛り塩が積まれたベッドには、青ざめた顔の忍愛が今も寝かせられている。
「今の山田っちは霊障……霊から呪詛を掛けられた状態にある。 今は汎用的な手段で浄化を試みているけど、正直場当たり的な治療だからいつまでもつやら」
「ウカは? 私は詳しくないけどウカなら呪いも何とかできるんじゃないの?」
「残念ながらウカっちは今神様の世界で天戸祭の事後処理中だ、こちらから通信もできないしいつ戻ってくるかわからない」
「この前のように5分10分で戻ってこないところからすると難航しているか、あるいは時空間が乱れて今度はこちらの1分が向こうの1時間に相当しているのかもしれませんね」
「ね、ねえ……山田ってこのままだとどうなるの?」
「わからない、今回は未知の怪異が相手だ。 ケロっと治るかもしれないし、もしくは死んだ方がマシな状態になるかもしれない」
「死んだほうがマシって……」
甘音の手が無意識に傍らに立つおかきの袖を握りしめる。
その腕は細かく震え、掌からは冷や汗でにじんでいた。
「今は予断を許さない状況だとだけ言っておこう、ただおいらたちも解決に全力を尽くすから安心してくれ。 原因の方もほぼ特定できているしね」
「例の動画、ですよね」
おかきたちが食堂で何気なく閲覧していたネット番組。
以前からニュースからバラエティまで幅広い対応と、流行りのタレントや配信者などを呼ぶ柔軟な姿勢から一定の人気を博していた。
そのため甘音も配信サイトから適当にサムネイルをタップし、夏祭りの話題に花を咲かせていたのだが……
「その映像を解析した結果がこれだ、フィルターをかけて呪いは除染済みだから安心してくれ」
宮古野が自前の端末を操作し、液晶に例の動画を映し出す。
問題の部分は忍愛が放送事故かと訝しんだシーン。 カメラマンが報道へ突入した途端、画面が明暗の落差に追いつけず暗転する。
「ここだ、明度に補正を掛ける。 ガハラ様は悲鳴を上げないよう気合い入れてくれ」
そこで宮古野が動画を一時停止し、画面端の設定項目から映像の明るさを最大まで引き上げる。
すると闇の中から浮かび上がったのは、天井から逆さに垂れ下がるようにして覗き込む“顔”だった。
ぼやけた輪郭、光の反射で赤く染まった瞳──まるでカメラの向こうにいる視聴者の存在を知っているかのように、“それ”はわずかに笑った気がした。
「~~~~~っ……!!!」
「よーしよくこらえた、えらいぞ未来の製薬会社社長。 これが犯人の顔だ、こいつが映像越しに視聴者へ呪いをかけたんだろう」
「ですがキューさん、端末から離れていた甘音さんはともかく私も一緒に動画を見ていましたよ?」
「君は自前の加護が強すぎて弾かれたんだよ、しかも天戸祭返り直後でいつもよりパワーアップしていただろう」
「パワーアップしてたんですか私……」
「ね、ねえ? つまり動画見ると呪われるってことよね? それってもしかして山田以外にも……」
「もちろん、今全国各地で同様に黒い涙を流す被害者が続出している。 今うちの電脳部隊が必死に動画を削除して回っているが、ミラーや切り抜きがいくつも出回っているのが現状だ」
端末の画面に並んでいるのは、《ガチでヤバい》《見ると呪われます》《閲覧注意》と好奇心を煽るサムネイル群。
どれも同じ場面を切り取り、赤いサークルや矢印で“顔”を強調している。
リアルタイムで次々に削除されているが、更新されるたびにまた新しい動画が生えるイタチごっこが繰り広げられていた。
「コピーされた動画に呪いの効果は?」
「健在だ、この手の呪いは大本を叩かないと効果がない」
「つまり……これを止めない限り、山田だけじゃなく全国的に被害が広がるってことね」
甘音の声は震えていたが、袖を握る手には先ほどよりも力がこもっていた。
動画の削除だけでは状況は好転しない、それどころかこのままでは異常性の秘匿すら暴かれる恐れがある。 SICKにとって由々しき非常事態だ。
『し、新人ちゃん……キューちゃぁん……』
「……! 忍愛さん!」
痛い沈黙が広がる中、ガラス越しに聞こえた弱弱しい声に、おかきは忍愛の名前を呼ぶ。
ベッドで横たわっていた忍愛は意識を取り戻し、おかきたちの方へ頭を向けていた。
その瞳からはいまだに黒い液体が滴っている。
「山田っち、何が起きたかわかるかい? 君の声はマイクで拾ってるからそのまま喋ってくれ」
『あーうん……なんとなく覚えてる、気分は滅茶苦茶悪い。 眼つむると変な幻覚が浮かぶんだ』
「変な幻覚?」
『暗い中で天井から逆さづりにされた女の顔が浮かび上がる……すっごい不気味なんだけど、ずっと見てるとなんだか頭が痛くなって……“いいな”って思っちゃうんだ……』
「……OK、記録として書き留めておく。 精神的なストレスが原因かな、心細いなら話し相手になるよ」
『いや、大丈夫……それより早くなんとかして、このままじゃ頭おかしくなりそう……』
「……キューさん、その幻覚って」
「うん、さっき見せた動画の顔と特徴が一致する。 一応2人に聞くけど、あれって素敵だと思う?」
おかきと甘音の2人は揃って首を横に振る。
ホラー映画のワンシーンなら高い評価を下すだろうが、だとしても好意的な感想を述べることはない。
「霊障を受けた対象に干渉してるのか……トリガーは睡眠か? どのみち時間はなさそうだ、このままじゃ山田っちの最推しがあのオバケになっちまうぜ」
「その時は友達の縁を切るわ!」
「友情が崩壊する前になんとかしなくちゃね。 おかきちゃん、すまないけどしばらく陀断丸を……」
「キューさん、その前に1つ問題が起きました」
「うん? なんだい?」
首をかしげる宮古野に向け、おかきは自分のスマホを見せる。
マナーモードで震える着信画面には、おかきが今一番引っ叩きたい人物の名前が表示されていた。
「……OK、そのまま出てくれ。 このタイミングだ、偶然とは思えない」
「了解です、スピーカーモードにするので録音お願いします」
なぜこのタイミングなのか、どの面下げて電話なんてかけてきたのか。
いろいろ言いたいことを飲み込み、おかきはスマホを耳に押し当てた。
「…………もしもし。 何の用ですか、部長」
『早乙女――――いや、今は藍上だったな。 状況は把握しているだろう、“ミカミサマ”の件で話がある』




