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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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みいつけた ①

『ご覧ください。 こちらの祭りでは伝統の狐追いスタンプラリーが開催され、連日多くの挑戦者たちが……』


「ふーん、これが天戸祭ってやつの影響? 私から見れば毎年恒例の行事なんだけど」


「これが神の影響力ですか……」


「今パイセンが必死に誤解解いてるから結果を祈るしかないね」


 天戸祭を終えた後日のSICK。

 食堂に集まったおかきと忍愛は、手持ちのタブレットでネットニュースを流す甘音とともに自分たちがやらかした影響を再確認していた。

 天戸祭で引き起こされた現象は“歴史の改竄”に近い。 あれほど壮絶だった遊戯が、人々の中で「夏の風物詩」にすり替わっていく様は、どこか恐ろしさすら感じる。


「まさかウカさんとの勝負が全国のお祭りで開催されるイベントとして流行るとは……」


「すごいねSICK、歴史から改変されてるのに気づくんだからさ」


「それで怒られて意気消沈してると、ずいぶん大変だったみたいねー」


「なんだよぉ、慰めてくれよぉガハラ様……ボクらだって頑張ったんだぞ」


「ふーんだ、私を誘ってくれなかった罰が当たったのよ」


 おかきの浴衣姿を拝めなかったことがよっぽど悔しかったのか、甘音はそっぽを向いてへそを曲げる。

 そんなやり取りが続く中、流しっぱなしだったネットニュースの画面が突然おどろおどろしい音楽とともに切り替わった。


『続いては、明日放送される特別番組のお知らせです。 夏の恒例企画、肝試しスペシャルが今年もやってきました! 今回の舞台は“誰も足を踏み入れてはいけない”と噂される廃寺──――』


「あっ、やだ心霊特集やだ! おかきぃ、画面変えておかきぃ!」


「へー今どき心霊番組って珍しいね、やらせとかクレームとかで絶滅したと思ったのに」


「ネット配信ならではですね、需要に合った層しか視聴しないので文句も少ないのでしょう」


「おかき! おかきってば、ねえ!」


「しかし“誰も足を踏み入れてはいけない”ですか……」


 反発する磁石がごとく壁に張り付いている友人をよそに、おかきはタブレットを素早く操作して番組詳細を確認する。

 並行して自前のスマホにめぼしい情報を打ち込めば、気になった情報はすぐに特定できた。


「どしたん新人ちゃん? 観たいなら録画しとく?」


「いえ、職業柄ちょっと引っかかったので……それにこの企画、去年で最終回だったみたいですよ」


 おかきが見つけたのは番組公式アカウントが去年発したSNSのログだ。

 内容としては「満員怨霊!心霊企画涙の最終回!」とやかましいメッセージを添えた放送枠拡大スペシャルの予告、つまり本来なら今年の放送は存在するはずがない。


「本当じゃん、でも辞める辞める詐欺なんてよくあることじゃない?」


「詐欺は犯罪よ優良誤認よ! 消費者庁に訴えて即刻廃止すべきだわ!」


「甘音さん、落ち着いてください。 それにこのロケ地……」


『――――それでは、本番直前の映像を少しだけ公開しましょう!』


 おかきが調べものを進めている間にも、番組は進行する。

 画面が切り替わり、映し出されたのは煤けた木造の本堂を背に、スタッフらしき男性がカメラへ笑顔を向けて手を振る姿だった。

 だがその背景には、異様なほど赤黒く染まった天井画が広がっており、カメラのレンズがたびたび“焦点を合わせきれないような妙なぶれ方を繰り返していた。


『──それでは、入ってみましょうか。カメラさん、ついてきてください』


 男性はそう言い残し、本堂の闇の中へと歩き出す。

 その瞬間、画面の光量が突如として異様に落ち、真紅と墨のような闇だけが映像を占領した。


「なにこれ? 放送事故……?」


 忍愛が思わず呟いた直後、映像が断片的にフラッシュバックする。

 赤い提灯に照らされた歪な能面。

 無数の手形が染みついた天井。

 細く震える笑い声が響く中、床板の隙間から覗く人の目。

 そして、視界いっぱいに広がった──


 ぽっかりと空いた眼孔から血の涙を流し、カメラに向けて手を振る無数の人々。


「――――……ひえっ」


 忍愛が短い悲鳴を漏らし、カランと音を立てて卓上からティースプーンが転げ落ちる。

 だがタブレットの画面では、なおも映像と音声が続いていた。


『あなたは見えました?』


『あなたには見えましたか?』


『画面の奥を見てください』


『あなたは見えるはずです』


『あなたには見えるはずです』


『はやく みて』


 感情のない声で繰り返される、うろんな言葉とともにゆっくりと画面がフェードアウトしていく。

 そして番組を終了を知らせる音楽が流れる中、カメラに向けて頭を下げていたキャスターがゆっくりと顔を上げた――――その途端、カメラマンやスタッフから悲鳴が上がる。


『皆さん、いかがでしたしょうか?』


 番組で一番人気のあるニュースキャスターは、いつもと変わらない笑顔を浮かべている。

 だが本来目が収まっているはずの眼孔には大きな孔が空き、その穴からはドロリと黒く濁った液体があふれ出していた。


『お待ちしております、皆様が見えることを』


『見てください、あなたにはそれが見えるはずです』


『私たちは見ています』


『あなたたちを見ています』


『切れ!! 放送切れ早く!!』


 スタッフの怒号が飛び、両手の甲で拍手するニュースキャスターとともに番組は突然終了する。

 何も知らなければ心霊特集に向けた趣味の悪い演出に思えるかもしれない。

 だが、おかきたちはそんな牧歌的には受け取れなかった。


「……新人ちゃん、これ不味いよ」


「そうですね、キューさんたちに報告しましょう。 演出の可能性もありますが……」


「いや、それはない」


 おかきの懸念を食い気味に忍愛は否定する。

 怪訝に思ったおかきが隣に座る彼女の顔を見ると、すぐにその理由が分かった。


「忍愛さん!」


「新人ちゃん、すぐにキューちゃんとオカルト専門チームに連絡して……これ、結構ヤバいかも……」


 青ざめて震える忍愛の目からは、さきほどのニュースキャスターと同じ、黒く濁った液体がしたたり落ちていた。

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