とおりゃんせ ④
『■■■■――――が―――――を――――■■――――……――――■■――――』
『何――――か――――■■■■――――■■――――』
「うーん、ノイズがひどいな。 そもそもの音声が途切れ途切れだしこりゃ復元も難しいぞ」
「私が聞いた時はもう少し聞き取りやすかったんですが……」
おかきが撮った動画をリピート再生すること数十回。
音声編集機材を用いた健闘も虚しく、影同士の会話を解析することはできなかった。
「キューちゃん、そもそもなんでこんな音声が劣化してんの? ボクら何もしてないけど」
「うーん、おそらく時空間の乱れが影響してるのかな。 じつは君たちが鳥居をくぐってから戻ってくるまで5分も掛かってないんだよ」
「マ? うわっ、ほんとだ! スマホの時計全然進んでない!」
「内部の数時間が外の5分か、そりゃ通信も繋がらんわけやな」
「この録画映像も鳥居を出入りする時に影響を受けたんだろうね、音声データがところどころ圧縮されたり無理やり引き延ばされてるんだ」
「なるほど冷凍した肉を急速解凍したら味が落ちるみたいなことか」
「うん、大体そんな感じで合ってるよ。 だから完璧に復元することは無理かなって」
「……キューさん、それならこの部分だけならどうですか?」
おかきは動画のシークバーを操作し、問題の箇所にフォーカスを合わせる。
そこは比較的損壊が少なく、ノイズを取り除けばなんとか聞き取れそうだった。
「あー……ここならなんとか行ける、かも? 気になることがあるのかい?」
「私の聞き間違えでなければ少し気になる単語が出てきたんです、お願いします」
「OK、この天才に任せとけぃ」
宮古野が淀みない手さばきで画面を操作すること数十秒。
あっという間に再編集された動画は音声が存在しない部分を除き、ほぼ完璧に修復された。
『つまり――――名前――――カフカ――――?』
『ああ――――そして――――情報――――死ぬ――――』
「……今、カフカ言うたな?」
「うん、ボクもそう聞こえた」
その場にいた全員が顔を見合わせ、示し合わせたようにうなずく。
間違いなく画面の中では父親の影が「カフカ」と発言し、九頭 歩はそれを肯定した。
「ダメだな、これ以上は解析できない……“情報”と“死”は情報刺激不足による餓死に関してか?」
「こうも一致しとると偶然じゃないわな」
「元ネタの小説について議論を交わしてるってわけでもないだろうね、この2人はカフカ症候群について話していると見ていいだろう」
「……部長と父さんが、ですよね」
おかきが知る限り、学生時代に2人が接触するような機会はない。
そもそも家族について話すこともなく、部活のメンバーは父親の名前すら知らないはずだった。
「カフカという病名はSICKが名付けたものだ、少なくともおいらたちが発見する前に呼称するとは思えない。 少なくとも2人の邂逅は最初のカフカが見つかったころより後だね」
「……父さんが失踪したのは10年も前の話です」
「つまり、ご主人の父親はまだどこかで生きているという事か?」
「もしかしたら実の息子が美少女になっちゃったことまで知ってるかもしれないぜぃ」
「ぐふぅ」
喜ぶ暇もなく浴びせられた言葉のブローにおかきはテーブルに突っ伏す。
あれほど会いたかった父親に現状を知られているというのは、息子にとってなかなかきついものがあった。
「キューちゃん、手加減したってや」
「わははごめんごめん、気にすんなっておかきちゃん。 あくまで仮定の話だからさ」
「そうだよ新人ちゃん、美少女を受け入れれば楽になれるよ?」
「お前は人を変な沼に引きずり込もうとすんなや」
「大丈夫です……たまに自認が怪しくなりますが私は大丈夫ですよウカさん……」
「それはもうだいぶ怪しいのではないかご主人?」
「まあ四方山話もほどほどにしよう、何はともあれこの情報は無視できない。 時期によってはSICKの情報が漏洩している可能性もある、おいらも特定に注力しよう」
「キューさん……ありがとうございます」
「なに、どうも君の周りには不穏な要素が多いから精査の価値はある。 そろそろただの一般人とも名乗れないと思うけど?」
「なんてことはないですよ、ボドゲ部員たちに比べれば私なんてミソッカスです」
「比較対象がおかしいだけやろ」
「私は一般人ですよ、ええ」
「まあ自称するだけなら自由だ、ところで……」
ちょうどその時、タブレットに届いたメッセージを開いた宮古野が、これ以上ない笑顔で3人に画面を見せる。
タブレット一面に表示された写真には、おかきたちが出入りした鳥居の前に米俵や酒に魚に肉に小判に反物と、これでもかと豪奢な“特典”が積まれていた。
「副局長ォー!! すぐ来てください、鳥居の向こうからどんどん出てきます!!」
「何の異常性だ!? 全員触るな、念のため防爆装備と搬送ロボットを用意しろ!」
「……この騒ぎはどういうことか説明してくれるかな?」
「「忍愛さんの仕業です」」
「バカなどうしてバレた!?」
推理の必要もなく、次々と湧いて出る贈り物の正体を2人は勘づいていた。
アマテラスが用意したスタンプラリーをすべて回収し、そのうえウカとの勝負で楽しませたおかきたちに対し、神が祝福を送らないわけがない。
そして本殿に赴いていないおかきと、疲労困憊で半分気絶したウカを除けば、主催者に対してお願いを申し出られる豪胆な人物は1人しかない。
「そうかそうか、じゃあ山田っちは別室で待機な。 今局長を呼んでくるから」
「実質的な死刑宣告じゃん! パイセン、ボクに対して恩義とかいろいろあるでしょ!? ヘルプミー!」
「あっ、ちょうちょ」
「いるわけないだろこんな地下に!!」
「いいから往生するんだよォー! どんな特性があるかもわからん物品をおいそれと増やすなー!!」
「うわああああああああんボクの億万長者の夢があああああああ!!!」
「忍愛さん、骨は拾います」
パワードアームを装着した宮古野に引きずられる友の姿を、おかきは合掌しながら見送る。
なお、残る2人も各地で開催される祭りの中で妙な出し物が増えた件についてのちほど問い詰められるのだが、それはまた別のお話。




