とおりゃんせ ①
「……一応聞くけど、今のはうちの聞き間違いとちゃうな?」
「お、思ったより怒ってないんですね……」
「うふふ、怒るかどうかは話聞いてから決めよかな?」
鈴を転がすように笑うウカノミタマだが、その内心は決して穏やかではない。
自分がスタンプを押した直後、ヤタガラスは間違いなくおかきたちの勝利を宣告した。 そのトリックが分からなかった。
ウカノミタマは間違いなく自分とおかきのスタンプカードを見極めている、カードに残された自分の気配を頼りに――――
「――――まさか……」
「ええ、ウカさんが手にしているのはどちらも私のカードです。 ウカさんが作ったものと、最初に本殿で渡されたもの」
本殿で渡された1枚目とウカノミタマから改めて渡された2枚目、おかきが持っていたスタンプカードは「2枚」あった。
ウカノミタマのような特殊な感覚を持たなければ、ただの紙切れでしかないスタンプカードを判別することはできない。
だから彼女は誤認した、本殿でアマテラスから授かった自分とおかきのカードを。
「けどそれだけやないやろ? スタンプの数かてどう誤魔化して……ああ、なるほどな」
「スタンプの絵柄はすべて同じです。 なので初めに見つけたスタンプ台を使ってウカさんと同じパターンとなるように埋めました、幸いにもウカさんの動向は確認できましたから」
おかきが見上げる空には、金魚たちが描く図形がいまだに描かれている。
どちらのチームがいつ、どのマスを埋めたのか。 それらはすべて初めから、リアルタイムで公平に伝えられていた。
「もちろん同じスタンプではスコアに加算されませんでしたけど、スタンプは用済みのものでもすべて回収すべきでしたね」
「ほな、このスタンプは?」
「それは私が隠し持っていたものですよ、クラウンのものではありません」
仕掛けたのは尻尾に突っ込んで倒れこんだあの一瞬。
ウカノミタマの手元からカードをすり替え、同時にわざと隠し持っていたスタンプを投げ捨てたのだ。
まるでそれが勝負を決める最後の1つだと思わせるために。
「ウカさんが持っているのはすでに押印済みだったんです、なので私と同じくスコアには反映されませんでした」
「ほーん……ほななんで今ので勝負が決まったん?」
「そこに関してはタイミングがピッタリ合ってしまっただけですね……まあ、忍愛さんにうまく伝わったようで何よりです」
――――――――…………
――――……
――…
「やったー!!! ほら見た事か、ボクのおかげだぞボクのおかげ!!」
「捕まえたのは私だろうがァー!! 見ろこのチリチリアフロヘアーを! 何発狐火喰らったと思っている!?」
「(((ノ´ー`)ノ」
「チェー、見つかっちまかったか。 今日の公演はいまいちだぜ」
祝福の花火が照らす夜空の下、忍愛たち4人もまた勝利の余韻を味わっていた。
すべての手柄を自分のものにしようとする忍愛に怒るジェスター、それを宥めるクラップハンズ。
そして頭部を失ったまま簀巻きにされ、不貞腐れているクラウンの足元には、木彫りのスタンプが1つ転がっていた。
「反省しろよクラウン、徹頭徹尾貴様のせいで我々はこんな目に遭っているんだぞ……!」
「HAHAHA! ピエロの辞書に反省と自粛と謝罪とその他もろもろは載ってねえぜジェスター君、覚えときな!」
「ピエロ2号、ちょっとその首無し1号のケツこっちに向けて。 蹴り潰すから」
「待て、角度が悪い。 最も適切に人体を破壊する入射角を教えてやる」
「おいおいおいお前らピエロのケツは丁重に扱うもんだぜア゛オオォー!!?」
「ふぅ……にしても新人ちゃんもよく気付いたな、あのクラウンが囮だってさ」
――――――――…………
――――……
――…
「……囮?」
「ええ、たしかに木っ端みじんに分裂したクラウンの本体はそこで干からびている個体でしょう。 だけど本体が本物のスタンプを持っている保証はなかった」
ウカノミタマに踏みにじられているクラウンを何の感情もない目で見下ろしながら、勝者のおかきは語る。
人をおちょくることに全身全霊を注ぐように振る舞うこの男が、素直に動いてくれるはずがない。
そんな負の信頼を抱いていたからこそ、おかきは忍愛に「ワンタメイト興行を頼む」と伝えたのだ。 言外に“スタンプを持つクラウン個体を探せ”という意味を込めて。
「クラウンとしては必死に追いかけた自分が外れだった、という展開を狙っていたんでしょうね。 無駄骨を折った私たちを盛大に笑う喜劇に仕立てるために」
「チガウヨ……ソンナコトナイヨ……」
「あなたに発言権はありませんよ。 それに勝負が決したのがすべての答えです、なんなら忍愛さんと合流して聞きましょうか?」
「うふふふふ、ホンマ腹立つなぁこの赤っ鼻。 けどそれでもまだ腑に落ちんわぁ、これは何なん?」
ウカノミタマは足蹴にしたクラウンをブチュンと踏みつぶし、手にしたカードをヒラヒラと振る。
それはおかきが持っていた2枚目のカード、正しいスコアが反映されているはずの紙面はたしかにすべてのマス目が埋まっている。
「おかきたちの手に渡らんよう、うちの眷属が他の押印を抑えとったはずや」
「私たちは手を出していませんよ、タメイゴゥの頑張りです。 ミニウカさんたちのパレードへ潜入し、どさくさ紛れにスタンプを押してくれました」
「解せんなぁ、無理に奪おうとすれば金魚が……」
「人が神に仇成せばそうなりますね」
天戸祭では争いをいさめる防衛システムが常に宙を泳いでいる。
だがおかきは気づいていた、このシステムには“穴”があることに。
この会場でおかきがクラウンを蹴り飛ばし、追撃としてタメイゴゥが襲い掛かった際――――金魚はおかきにだけ反応を示していた。
「タメイゴゥは人でも神でもない……タマゴです!」
「――――……」
自分でも馬鹿馬鹿しい屁理屈と思いながらも、堂々と言い切ったおかきの言葉にウカノミタマがフリーズする。
「……ぷっ……あはっ……あっははははは!! あーせやなぁ、そら敵わんわ! あーおもろ、やっぱこの世は飽きひんわぁ!」
祭りに似つかわしくない静寂が流れたのも一瞬。
沈黙のダムを決壊させたのもまた、ウカノミタマだった。
「ふふ……“七歳までは神のうち”、生まれてすらなければそら神同然や。 あー参った参った」
「ま、負けを認めてくれた……ってことでいいんですよね?」
「せやなぁ、こんなん見せられた認めるしかないやろ」
ひとしきり笑いつくし、目じりの涙を拭ったウカノミタマ。
その背に見える尾が一本、また一本と霞と化して消えていく。
「――――うちの負けや。 楽しかったでおかき、また気ぃ向いたら遊んでな」
「ええ、私も楽しかったです。 ……ただ、しばらくは大人しくしてくださいね?」
ひゅるりらと立ちのぼった花火が一つ、夜空に満天の花を咲かす。
その光が太陽となって天戸祭を照らした瞬間、会場中からおかきの勝利を称える歓声が沸き上がった。




