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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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馬鹿囃子 ④

「HAHAHAHA!! どうだ、俺様だってやるときはやるんだぜ?」


 したり顔のクラウンが自分たちを見下ろす最中、おかきの体感気温は3度ほど下がっていた。

 隣に立つウカノミタマと目を合わせることができない。 彼女からすれば、クラウンに見下されている状況は屈辱以外の何物でもないはずだ。

 おかきは生まれて初めて、怒れる神が放つ殺気というものを肌で感じていた。


「……ふふ、ふふふふふ。 なあ、あれどないしよか?」


「ジェスター、聞かれてますよ。 あなたの仲間ですよね」


「小娘!?」


「新人ちゃんが嫌な責任転嫁覚えちゃった」


「おーいおいおいピエロのパフォーマンス無視してくれんなよ? 俺様悲しオボォ」


 マイクパフォーマンスの途中、奇妙な声を上げたクラウンの身体が干物のように干からび始める。

 かと思えば手にしていたドリンクに口をつけた途端、瞬く間に元の潤いを取り戻した。


「どうやら神罰を無効化したわけではないようだな、無理やり回復を間に合わせているだけだ」


「そもそもどういう理屈で回復してるのかが分かんないんだけどボク」


「我々もあいつの能力は詳しく知らん、というよりも理解しようとするだけ無駄だ。 そもそも敵であるお前たちに情報をくれてやる義理はない」


「抜け目ないですね、できれば今は協力してほしいんですが……仕方ないですね」


 クラウンの能力は理解が及ばないが、推測はできるし無敵ではない。

 少なくとも彼のイカれた頭の中にある理屈には沿っているのだろう、ウカノミタマから与えられた神罰を無効化できていないのが証拠だ。

 背中に寄生されたヒマワリを着ぐるみに置き換え、それでもなおたちまち干からびてしまうからこそ、今のクラウンは自身へ常に「潤い」を与え続けている。


「……あのスポーツドリンク、ずっと手放していないということは大事な物なんでしょうね」


「ギクッ」


「ギクッて言った! 今ギクッて言ったよあいつ!」


「なるほど、干からびたそばから補給し続けて現状を維持しているという事か……つまりあのドリンクさえ奪えば」


「また元の干物に逆戻りっちゅうことやなぁ?」


 おかきの意図を察したウカノミタマが人差し指で空をなぞった瞬間、クラウンが立つ足元から生えた無数の穀物が彼の身体を飲み込んだ。

 有無も言わさぬ瞬殺――――に思えるが、クラウンを知るこの場の全員は確信していた。

 この程度であいつが終わるはずがない、と。


「うおおおおお俺がやられた!! 大丈夫か俺!?」


「チッ」


 当然のようにいつの間にかウカノミタマの背後に立っていたクラウンに、舌打ち交じりの裏拳が直撃。

 あわれ頭部がザクロのように爆発四散……したかと思えば、その破片たちがすべて小さなクラウンに変形し、散り散りに逃げて行った。


「HAHAHAHAHA!! 簡単に勝負が決まったらおもしろくねえだろ!? あーばよとっつぁーん!」


「あっ、逃げてった! どうする新人ちゃん!?」


「追いかけるしかないですよ、とにかくクラウンを無力化してスタンプを奪わないと!」


  おかきがそう言うや否や、すでにその視線は散り散りに逃げる小さなクラウンたちの動きを追っていた。

 参道を跳ね回り、縁日台を駆け抜け、屋台の裏に潜り込む者までいるが、おかきの目はすでに一匹をロックしている。


「おい小娘、どのクラウンがスタンプを持って行ったか分かるのか!?」


「本体はドリンクを手放せません、見分けるのはそう難しくはないですよ! ただ……」


「ほな先行かせてもらうさかい」


「問題はこうなるってことですよねぇ!」


 クラウンの本体をおかきが見つけたと同時に、ウカノミタマも走り出す。

 この状況、ウカノミタマは常に後出しの権利を握っている。 

 いくらおかきが先に動き出そうとも走力で叶う相手ではない、そのうえ行く手にはいくつもの狐火が待ち構えているのだから。


「……攻めるしかないか」


 覚悟を決めたおかきは深しの火を恐れず、より強く一歩を踏み込む。

 クラップハンズの壁に隠れて安全に進めば距離が開く一方だ、ここはリスクを取るしかない。

 ウカが走る軌跡を正確になぞりながら、おかきは必死に逃げるクラウンを追いかける。


「新人ちゃん、待っあっぢぃ!!!?」


「なんでこの地雷原を走れるんだあいつは! クラップハンズ、壁を出してくれ!」


「ヾ(・ω・`; )ノ」


「こっちは任せてください! 忍愛さんはワンタメイト興行の人たちをお願いします!」


 後ろでは焦る忍愛たちの声がどんどん遠ざかっている、狐火のせいで助けは見込めない。

 1vs1、単純なスペックでは圧倒的に不利。 それでもおかきは笑っていた。

 ウカノミタマがその気になれば自分たちなど藁のように吹き飛ぶだろう。 だが彼女は提示された遊戯を快諾し、ルールの範疇で勝負をしている。


 課せられたハンデの中で尽くせる全力を出してゲームに臨んでくれることを、おかきは心から喜んでいた。


「ウカさん、そろそろ勝負を決めさせてもらいますよ……!」


「そりゃこっちのセリフやなぁ、名残惜しいけどこれで仕舞いや」


「HAHA! どっちが俺様を捕まえられるかなぁ!?」


 ドリンクを抱えて走るクラウンとウカノミタマの距離はまもなく手が届くところまで縮まる。

 不心得者を捕獲し、絞り上げるまでものの数秒と掛からない。 スタンプの押印も同じくだ。

 つまりおかきたちの敗北が決まるまで、もってあと10秒――――


(……()()は打った、手は尽くした。 あとは……神頼み……!)


 ――――そんな絶望的な状況でも、おかきの目から光は消えていなかった。

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