馬鹿囃子 ③
「ウワーッ! 掠った! 今髪の毛の先っちょがジュッて言った!」
「おい邪魔だもっと詰めろ! 半分以上はみ出てるんだぞこっちは!」
「むぎゅうぅ……見つかりませんね、スタンプ……」
移動するという都合上、クラップハンズが生成した壁の面積はそこまで大きくない。
その中に4人の人間がすし詰めになれば、一番割を食うのはもっとも面積の小さいおかきであることは火を見るよりも明らかだった。
「忍愛さん、そちらからスタンプ台は見つかりませんか……わたしはもうギュウギュウ詰めで何も見えません……」
「ダメだー、こっちからも何も見えない! もう、パイセンたち働きすぎじゃない!?」
「少なくともすべてが回収されたわけではないと思いたいですが……」
空に浮かぶスコアは、ミニウカたちの行進が始まってから動きがない。
独占されているおかきたちはともかく、ウカもスコアを伸ばしていないということはまだすべてのスタンプが集まっていないという事だ。
「ええい、やはりあのタマゴを捨てたのは間違いだったんじゃないか!? ……あっ、いや違うぞ! 決してクラップハンズが頼りにならないとかそういうわけではなくてだな……」
「めっちゃ過保護じゃん、年頃の子にあんまり構うと嫌われるよおじさん」
「誰がおじさんだ!!」
「喧嘩は良いのでスタンプを探してください、しかしここまで探して見つからないなんて……」
目を皿のようにしてくまなく探してもなお、おかきはスタンプどころか台が置かれていた痕跡さえ発見できていない。
それだけならばただ運が悪いだけで済んだ話かもしれないが、問題は「ウカもスコアが進んでいない」という点だ。
「ミニウカさんたちの回収が思ったより遅い……いや、状況が膠着させられている……?」
「なぁんや、そっちの仕業やと思うてたけどちゃうの?」
「うっひゃわぁ!!?」
「おい危ないぞ小娘!!」
首筋に吹きかけられた吐息に悲鳴を上げて飛び上がるおかきの身体を、ジェスターがすんでのところで壁の内部に押しとどめる。
事の発端であるウカノミタマはその光景を眺め、クスクスと意地の悪い笑みをこぼしていた。
「ウカさん!! 急に現れて変なイタズラしないでください、同性でもセクハラですからね!?」
「ふふふ、堪忍堪忍。 妙にからかいたくなってしゃあないわ」
「うわぁいじめっ子のセリフだ……というかなんの用だよパイセン!」
「んー、勝負決めに来たんやけど。 勘違いだったみたいやなぁ……最後の1個どこかに隠したんかと思ぅてたわ」
「最後……ですか」
飄々としながらも、ウカノミタマの態度には物事がうまく進まないことに対するいら立ちがこみ上げ始めている。
勝敗を決するためのスタンプ、その最後の1つをおかきたちが隠し持っていると考えていたが、どうも当てが外れたらしい。
「ふ、ふん! 当てが外れて残念だったな、すでに我々はすべてのスタンプの位置を把握している!」
「下手な嘘はつまらんから止めとき、ほななんでさっさと全部埋めてへんの?」
「強者の余裕というやつだ!!」
「ちょっと黙っててください。 ウカさん、つまりそちらも最後のスタンプを探しているというわけですね?」
「せやせや、全部集めたら一気に押してもうてビックリさせよ思ぅてたんやけど。 眷属たちもあらかた探したはずなんやけど」
「眷属というのは私より小さなあのウカさんたちですか、私より小さい」
「新人ちゃん、節操のないマウントは虚しいよ」
「ふふ、うちのこと卑怯やと思うか?」
「いいえ、ルールの範疇で全力を出すことに卑怯もラッキョウもありません。 楽しいですね、ウカさん」
「…………ふぅん?」
即答したおかきの言葉に嘘はない。 たとえ世界の命運が決まる勝負だろうと、おかきは同じことを言うだろう。
ゲームであるならば全力で挑む、それはボドゲ部にとって当然のこと。 ましてウカノミタマはルールに違反する真似はしていない。
おかきはあくまでこの遊戯を楽しんでいた。
「それにしても妙ですね、ミニウカさん部隊で見つからないとなるとよっぽどの隠し場所だと思いますが……」
「HAHAHAHAHA!! なぜかって? その疑問には俺様が答えるぜ!!」
祭囃子の風情を吹き飛ばすけたたましい笑い声がおかきの耳を劈く。
声の主はひときわ目立つ屋台の屋根上、ヒマワリの着ぐるみを着たクラウンがスポーツドリンクを飲みながら立っていた。
「「「「チッ、生きていたか……」」」」
「(´・д・`)」
「んー、満場一致の不評で俺様泣いちゃう!」
「御託はいい、何をしに来たクラウン。 邪魔をするだけなら帰れ、誰のせいで私が火の粉を浴びていると思っている!」
「HAHAHA、そういうクッソ真面目なところ嫌いじゃないぜジェスター君! たーだ、今マウント取ってるのは俺ってこと忘れちゃ困るな?」
「……ウカさん、どうやら犯人は見つかったようですね」
「せやなぁ、ほんまにどないしたろかあの阿呆」
屋根の上で奇妙なダンスを踊るクラウン、その手にはナイフやリンゴに紛れ、古めかしい木彫りのスタンプがジャグリングされている。
神と人の遊戯、その最後を飾る押印は――――この場で最も自由な道化師にゆだねられていた。




