馬鹿囃子 ①
「へぇ……気づいたようやな」
ウカノミタマは空を見上げ、笑みを浮かべる。
空に浮かぶは金魚を模した神の式神が作りし点描画、その絵が示しているのは遊戯の進捗状況だ。
お互いに渡されたカードへ押印を加え、先にすべてのマス目を埋めれば勝利するという遊戯。 状況は先ほどまでウカノミタマの絶対優勢だった。
先ほどまで空に浮かぶ点描画が示す押印の数は「5つ」対「1つ」
しかし目が覚めるような勢いでおかきたちの押印数が増え、ウカノミタマの優勢は今まさに覆されようとしている。
「まぁ、これくらいしてくれへんとおもろないわぁ」
だがウカノミタマは慌てない、彼女にとってはこの程度は想定内だ。
いくら神とて今は不完全な力と肉体しか持たない身、神様の領域で無制限に狐火を生成するような権能は振るえない。
そのうえ人に見えぬよう神力を込め、当たる寸前に殺さぬよう加減を加えている。 藍上 おかきなら“穴”に気づいてもおかしくはない。
「ふふ……せやけどこのままやと勝てへんなぁ。 さて、どないする?」
――――――――…………
――――……
――…
「……よし、これで8つ目。 ウカさんのペースも順調ですが追いついてきましたよ」
手持ちのカードに新たなスタンプを押し、おかきは額の汗を拭う。
見上げた空に浮かぶスコア表は現在「9-8」。 最初の遅れから一転、ほぼ同点にまで追い上げていた。
「……小娘、貴様の能力か? 先ほどからスタンプ台の位置をわかっているとしか思えない動きだが」
「違いますよ、ただの推測です。 ウカさんの足跡を追いかけてきたんです」
「足跡だと? そんなものどこにある?」
「狐火ですよ、この会場中に放たれている狐火には斑があります」
「あっ、そっか。 ボクらには見えないけど狐火はパイセンがバラまいてるから……」
「当然ウカさんが通った後は狐火の密度が濃くなります。 あとはタメイゴゥの視覚を頼りに、私が動線を予測して追いかけてます」
「(゜Д゜;)」
「……な、なんですか?」
第三者の視覚を口頭だけで読み取り、そこから予測される対象の動きを正確にトレースする。
そんな芸当を当たり前のように言ってのけるおかきに、三人は化け物を見るような目を向けた。
「見なよ、ボクらの新人ちゃんを」
「そうかつまりそれが貴様の能力というわけか、SICKの化け物どもめ」
「何故ですか、これぐらいできないとボドゲ部のイカれポンチたちについていけなかったんですよ!」
「それでついて行けるのがおかしいんだよ新人ちゃん」
「だってあの人たちいっつもこちらのスキルをギリギリ上回る難易度で調整してくるんですよぉ……!」
「ご主人、その先少し避けた方が良いぞ」
「おっと、すみません」
狐火を見通すタメイゴゥの指示に沿い、おかきが見えない地雷を避けて参道を歩く。
しかしその後ろを黒い煤を固めたような人影が追い越し、狐火があるであろう参道の真ん中を突っ切って未知の向こうへと消えて行った。
「……なんだか増えてきましたね、黒い人影」
「無害っぽいけど何なんだろうねアレ、ぶっきみー」
「聞いていなかったのか、ヤタガラスが話していただろ。 あれは祭りという概念に染み込んだ人々の記憶だ」
「概念に染み込んだ記憶」
珍しくピンと来ていないおかきの様子が気に入ったのか、ジェスターがフンと鼻息を鳴らす。
自分が理解していることを相手が理解していない、そんな状況が彼の自尊心をくすぐったようで、そのまま聞いてもいないことをベラベラと語り始めた。
「いいか? 神は人が為す祭りごとを参考に天戸祭を作り上げた。 この会場もそうだ、人の営みをもとに作られた領域にはあらゆる“祭り”に染みついた記憶が影となって混ざりこんでいる」
「なるほど、あの黒い影はいつかのどこかで開かれた祭りに訪れた人々の残留思念のようなものですか」
「……教えがいがないな貴様」
「今日まで積んだ経験値のおかげです。 ともあれこの勝負には関係なさそうですね、狐火の影響も受けていないようですし」
おかきが近くを通る黒い影に手を伸ばすが、その掌は影に触れることなくすり抜ける。
周りの神々も慣れ切ったもので、とくに影を気にすることなく、身体をすり抜けては参道を往来していた。
『で、わたあめやりんご飴はどうした? 僕がここまで譲歩したんだ、在庫切れでしたじゃ納得できないぞ』
『大丈夫ですよお店はいっぱいありますから! でもラグナちゃんたちにお財布盗られたので戻ってくるまでお待ちください!』
『ラグナァー! 早く戻ってこーい!!』
『子どもじゃねえんだからちったぁ待ってろライカァ!! ウォーこっちこい、殺れ!!』
「どこかの子どもたちの記憶……でしょうかね? なんだか物騒な雰囲気ですが」
『時間は有限だからネ、向こうに輪投げあるヨ! 射的におみくじも!』
『全部回りましょう!!』
『ええいもう、誰が収集付けるんですかこれ!!』
『あ、葵ちゃん落ち着いてぇ……』
「こっちは保護者と子どもたちかな、新人ちゃんと同じぐらいの背いたぁい!? 新人ちゃん、ボク仲間! ローキックやめよう!!」
「気をつけてくださいね、忍愛さんを盾にして狐火を強行突破する案もあるんですよ」
「なんて恐ろしいことを!」
「だがこのままではその案を採用することになるぞ。 小娘もわかっているだろう、このままでは勝てないぞ」
「ええ、もちろんです」
おかきの方法は簡単に言えば「ウカノミタマの後を追いかける」というだけの話。
つまりどうあがいてもウカノミタマが獲得したスタンプを超えることはできない。 どこかでこの火の手を掻い潜り、ウカノミタマを出し抜く策が必要だ。
「逆転の手掛かりはあるんですよ、ただそこにどうつなげるか……」
「やはり肉盾か、今のうちに遺書をしたためておけよ忍びの小娘」
「よっしジャンケンで決めようピエロ、最初はグーでノックアウトしてやるからさ」
「ちょいごめんなー、そこ退いてなー」
「おっとごめんごめん……ん?」
後ろから声を掛けられて何も考えずに道を譲る忍愛は、横切った生き物を思わず二度見する。
祭りの影ではない、色がついている。 尻尾は1本、背もおかきの半分ほどしかない。
だがデフォルメされたようなその小さな生き物は、あきらかにウカに似た姿をしていた。
「退いてなー、ごめんなー」
「ほんまなー、堪忍なー」
「スタンプどこやー、往生せえやー」
「エッホエッホ、はよ見つけて本体に教えなー」
「…………新人ちゃん、さっきのローキックもう一発貰える?」
「大丈夫ですよ忍愛さん、夢じゃありません。 どうやらウカさんの方が先手を打ってきたようですね……」
そしておかきたちはその小さなウカたちが参道を駆け抜けていく様を、ただ茫然と見送ることしかできなかった。




