稲荷のお成り ④
「これは……いったいどういう事なんですかね」
開口一番、轟音の発信源にたどり着いたおかきは探偵らしからぬセリフを零した。
屋台通りから外れた場所だというのにできあがった神だかりの中央には、天高く肥ゆる黄金の柱がそびえ立っている。
その正体は毛糸細工のように編み上げられた稲穂の塊、そして柱にはクラウンがまるで人身御供がごとく磔にされていた。
「どういうこともなにも、お前たちの方が犯人に心当たりがあるんじゃないのか?」
「いや、たしかに方法も動機も理解できますがこれは……」
「ジェスターくぅん……どうして俺を助けもせず話を進めてんだい……?」
「チッ、生きてたか。 大方お前が何かちょっかいを掛けたんだろうが」
ジェスターがおかきの隣で仲間の生存に心底残念そうな舌打ちを鳴らす。
クラウンと一番(不本意ながら)付き合いが長い彼だからこそ、この場に揃った状況証拠だけで何が起きたのか手に取るようにわかっていた。
「取り外した自分の頭部をバスケットボールかなにかに見立ててあの狐娘にダンクシュートした、違うか?」
「HAHAHA惜しいが遠いぜジェスター君! 俺様がやらかしたのはサッカー……はっ!?」
「そうだよな、お前はそういうやつだ」
「(# ゜Д゜)=3」
「もう放置でいいんじゃないこいつ?」
「クゥ~ン……」
語るに落ちて万策尽きたクラウンはつぶらな瞳で情に訴えかけるが、帰って来るのは絶対零度よりも冷たい視線だけだった。
「どうする新人ちゃん? どう見たって暴走したパイセンが報復した後って感じだけど」
「クラウン、あなたは当事者ですし当然一部始終を見ていましたよね? 素直に話す気は? ありませんよね、やってしまいなさいタメイゴゥ」
「おっと結論が早いぜガール! お前に言われなきゃその通りだっただろうけどさ!」
「稲穂の柱はよく燃えるでしょうね……」
「HAHAHA安心しな、ピエロは期待は裏切らねえが予想されたオチは裏切るもんだ! とうっ!」
気合いとともに全身の関節を外してヌルリと稲穂の磔台から脱出したクラウンは、そのまま気色の悪い蠕動運動でおかきたちの足元に這い寄る。
もはやクラウンの奇行には驚かないつもりだったおかきだが、これにはさすがに汚物を見るような目で見ざるを得なかった。
「あのキツネの神サンならこっちの方に歩いて行ったぜ! ついてきな!」
「えっ、あのまま移動する気なの? キッショ」
「言うな忍びの小娘……仮にもアレと同僚なことに悲しくなってくる」
「(・ω・`)」
「元気出してくださいクラップハンズさん、クラウンへの評価とあなたへの評価は別物ですよ」
「おい小娘、私へのフォローはないのか?」
「それにしても意外と騒ぎになっていませんね、周りの神もそこまで怒っているようには見えませんし」
「私へのフォローはないのか!?」
十中八九ウカが立てた稲穂柱の周りには依然として八百万の神々が集まっているが、彼ら彼女らは野次馬根性を発揮しているだけに過ぎない。
その中に「祭りを台無しにされた」という憤りはなく、むしろ見事な芸術品を眺めるようにそびえ立つ稲穂をただただ見上げていた。
「参道から外れた場所というのも幸いしたのかもしれんな、そもそもあの柱を出し物の一種として見ている節がある」
「つまり俺様の功績……ってコト!?」
「百歩譲ってもパイセンの手柄だろ、そういえばあのピカピカ金魚も沸いてないね」
「あれは乱闘をけん制するためのシステムみたいなものなので、おそらく今回の件はウカさんからクラウンに対する正当な神罰と見做されたのかと」
「なるほど納得、つまりあのピエロが全部悪いって神様目線で証明されてんじゃん」
「テメェ……ジェスター君への悪口は俺が許さねえぞ!」
「ぶち殺すぞ貴様」
――――――――…………
――――……
――…
「いないじゃんかよー!! どこ行ったんだよパイセン!!」
「(¬¬) 」
「おいおい熱い視線を送るなよ、心配しなくたってピエロは嘘つかないぜ?」
「主語を大きくしてこっちを巻き込むな!」
「そもそもなんだか……人が多くありませんか?」
ウカを探し、クラウンに先導されるまま提灯が浮かぶ参道を走るおかきたちだったが、どれほど探せどもウカの姿は見当たらない。
それどころか往来する神々に混ざり、黒い靄を固めたような人型が増え、ウカの捜索は難航していた。
「なんなんだろこの黒いの……神様でもないっぽいし」
「人の形をしているが得体が知れぬな、むやみに触らない方がいいぞご主人」
「わかってます、けどこうも数が多いと避けるのも一苦労で……」
「――――カァ、それは“祭り”という思い出に記録された人々の残滓。 触れても害はない」
「っと、その声は……ヤタガラスさん」
「おぎゃーっ!? また人の頭に!!」
バサリと大翼をはためかせて忍愛の頭に降り立ったのは、アマテラスの遣いである三つ足のカラス。
偶然おかきたちを見かけて声を掛けたわけではなく、その琥珀色の瞳は何やら思うところがあるようだった。
「カァ。 此度の騒動は既知の上、宇迦之御魂神の神力宿せし身に災いがあったと」
「す、すみません……あの、ウカさんの件は私たちが何とか解決するので処罰などはもう少しお待ちいただけると……!」
「カァ。 謝罪は不要、その件については我らにも落ち度あり」
「へっ? それは……どういうことで?」
「カァ」
ヤタガラスが一鳴きし、忍愛の頭上で大きく翼を羽ばたかせる。
その合図に呼ばれてか、忍愛に背後に立つ屋台の影からひょっこりと3人の子どもが顔を覗かせた。
「……は、はわわわ……はわわわ……!」
「子ども……いえ、彼女たちも神様ですか? いったいどちらの……」
「はわわわ……よ、良ッ!! やはり我々の仕立てに間違いはございませんでした~~~~!!!」
「…………へっ? あの、ヤタガラスさん? もしかしてこの人たちって」
「然り、そなたたちの身に纏う衣を仕立て……此度の騒動にもかかわりがある者である」




