望まぬ再開 ③
「えっ……」
「山田! おい山田、しっかりせぇ!!」
『おかき! ボサッとすんな、引き剥がせ!!』
「……!」
悪花の声で我に帰ったおかきは、すぐさま凶刃を握る甘音を体当たりで押し倒した。
おかきの下敷きになった甘音はそれでも血まみれのナイフを手放さず、羽根をもがれた虫のようにもがいている。 その姿は明らかに異常だ。
「うー!! うぅううぅうううぅ!!」
「甘音さん、甘音さん! どうしたんですか、しっかりしてください!!」
『クソッ! おかき、ガハラはどっかのカス野郎に操られてる! 舌噛む前に気絶させろ!」
「き、気絶と言われてもッ!」
「すまんおかき、ちょっとだけ耐えといてや!!」
今の体勢からおかきに人を一撃で昏倒させるような腕力も技術もない、かといって手を離せば暴走した甘音が何をしでかすか。
ウカも負傷した山田と敵の対処で手いっぱいだ、とてもじゃないが力を借りられる状態ではない。
「うううぅううぅうあああああああああああ!!」
「う……っ……! あま、ね……さんっ!!」
マウントをとってもなお甘音の力はすさまじく、ナイフを振り回して拘束を振りほどこうとあがく。
おかきはその手を刃ごと掴み、掌が焼けるような痛みに耐えながら凶器を奪い取って投げ捨てた。
「う……あ……!」
「甘音さん、わかりますか!? 私です、藍上おかきです!」
武器を失ったことで甘音の動きが鈍る、その隙におかきは血まみれの手を彼女の口内へ突っ込んだ。
悪花の推測通り、舌を嚙み千切ろうとする顎の力が万力のように掌を押しつぶす。
それでもおかきは怯むことなく、強い精神力をもって甘音へ話しかけ続けた。
「甘音さん、気をしっかり持って! 大丈夫、大丈夫ですから……!!」
「うううぅぶううううぅうぅうぅ……! うう、うぅうぅぅ……!!」
おかきに洗脳を解くような能力はない。 それでも目を合わせ、必死に甘音の名を呼ぶ。
もし甘音を抑えきることができず、気絶も難しいようならおかきは最後の手段を使わなければならない。
だがおかきは腰の拳銃を彼女に向けたくない一心で祈るように呼び続ける。
そんな気持ちが通じたのか、だんだんと甘音の抵抗が弱くなり……やがて完全に停止した。
「……あ、甘音さん?」
『おかきちゃん、息止まってる! 口塞がないで気道確保して!』
「わぁー!? 甘音さーん!!」
慌てておかきが突っ込んでいた拳を引っこ抜いて甘音の顔を横に向けると、唾液と血が混ざった液体がこぼれ出る。
顔を仰向けで固定されたうえに出血した手を突っ込まれ、血と唾液で喉が詰まって気絶したのだ。
傷つけず無力化できたとはいえ、なんとなく罪悪感の残る結果となった。
「ん……ゲホッゲホッ! うええぇ鉄臭っ!? なにこれ、アタシどうなってんの!?」
『ヤッベ、おかきもう一回気絶させろ! 正気に戻った保証がねえ!』
「ごめんなさい甘音さん、苦しまないようにするので!」
「どういうことなの!? というかちょっとおかき後ろ後ろ!!」
「あかーん、ちょっと退いてー!!」
甘音に引っ張られる形でおかきが前のめりに倒れると、その背を掠めて飛んで行ったウカが壁に叩きつけられる。
大広間には拳を構える大男と、その足元で流血したまま横たわる忍愛の姿が見える。
おかきが暴走する甘音を押さえつけている後方で繰り広げられた戦闘は、どうやらウカたちが劣勢のようだ。
「ウカさん! 大丈夫ですか!?」
「おどれぇ、図体デカいくせにすばしっこいわ! おかきは下がっとれ、あと山田はとっとと立たんかい!!」
「ぽんぽん痛いよぉ……死ぬんだぁ……ボクぽんぽん痛くて死ぬんだぁ……!」
「ンな泣き言ほざく余裕あったらまだまだ死なんわ、そのまま寝転がってたら頭潰れて死ぬで!」
「そりゃそうだけど――――さッ!!」
丸太のような男の足が振り下ろされるその瞬間、素早く男の背後へ転がり逃げた忍愛が男の影に数本のクナイを突き刺す。
すると、忍愛を追って体を反転させる男の動きが凍り付いたかのように停止した。
「…………ほう」
「忍法石仏ぇ! なんだ、け、どぉ……! やばいバカ力過ぎてそんな持たない! センパーイ!!」
「ッシャア!! 力借りるで倉稲魂命のご本体ィ!!」
忍愛が男の動きを拘束し、その隙にウカが神力を開放して攻撃する。
普段は口喧嘩の絶えない2人だが、ひとたび任務となれば抜群のコンビネーションを見せるものだ。
「ね、ねえおかき? どういう状況なのこれ、私って誘拐されたのよね? それからえーと……」
「甘音さん、話すと色々と長くなるのですが」
『はいはーい、人の目の前でイチャつくのもそこまでにしてほしいなぁ探偵さん』
耳元の通信機からではなく、天井のスピーカーを通して響くその声におかきの表情がこわばる。
探偵さんという呼び名を使うのはおかきが知る中でただ一人だけだ。
「アクタ……甘音さんに何をした!」
『やだなぁ、それを推理するのが探偵さんの仕事でしょ? ねえねえ、このままゲームしましょ』
スピーカーを通して伝わるアクタの声は心底楽しそうだ。
対するおかきは数少ない友人を弄ばれた怒りに震え、歯を食いしばりながら声の聞こえる先を睨んでいた。
『ルールは簡単、その階層に私お手製最高傑作の爆弾を仕込みましたー! ボスごと爆発する前に見つけて止めないと大変なことになっちゃうよ?』
「爆弾!? あんのボケカスゥ、ただでさえこっち手いっぱいなのに余計なもん仕込みおってからに!!」
「文句言ってる暇はないよセンパイ、前見て前!!」
負傷している忍愛とそのカバーを務めるウカはボスの対処で手いっぱいだ。
恐ろしいことにここまで男は異能らしきものの片鱗すら見せていない、ただの身体能力で2人を圧倒している。
とてもじゃないが、おかきとともに爆弾を探すような余裕はない。
『制限時間は10分、頑張ってたどり着いてね。 それじゃ』
「ちょっとぉー!? 時間なさすぎだよ、もう逃げようよ無理だよこれ!!」
『アホ言ってんじゃねえぞ山田ァ! おかき、お前を信じていいか!?』
「やってやります!!」
あまりにも少ない手がかりと制限時間、おかきも何とかなる自信があるわけではない。
それでも10分という時間はボスを倒して逃げるには短すぎる、できるできない以前にやるしかないのだ。
「おかき、こっちは任せい! アクタのアホ野郎に一泡吹かせてこい!」
「ウカさん、ご武運を! 行きますよ甘音さん!」
「なんかもういろいろ置いてけぼりだけど分かったわ! 説明は後で聞くことにする!」
甘音を連れておかきは来た道を戻って走り出す。
残り時間は9分40秒、泣こうが喚こうがクライマックスの時間は近かった。




