稲荷のお成り ②
「へー、今の人の世って黄泉戸喫が流行りなんだ! 全然知らなかったぁ!」
「HAHAHA気にすんなって神サン! ちなみに俺から言わせりゃ最近のトレンドは……」
「ちぇりおォー!!」
「ホギャー!!!」
間一髪。 神に妙なことを吹き込むクラウンの横っ腹におかきの跳び蹴りがクリーンヒットする。
抜群のリアクションで叫ぶクラウンの身体は、ダルマ落としが如くその場に頭を置き去りにし、胴体だけが参道を抜けた先の雑木林に突っ込んでいった。
「ゆっくりクラウンだぜ! なにしやがるんだぜ!」
「タメイゴゥ、やっておしまい」
「うおー任せろご主人!」
「ウオオオなにこれ新感覚!? タマゴに噛まれる新感覚!!」
「何しやがるはこっちのセリフですよこの野郎……なに適当なこと吹き込んでやがるんですか」
「ええ? 違うのかい?」
焼きそばのように見える紫色のなにかを痛めていた鯉顔の店主(神)が口をパクパクと動かす。
この神が何を司っているのかおかきにはわからないが、もし人間の飲食に関わりがあるなら危うく致命的なデマがねじ込まれるところだった。
「私たちも本殿参りを終えたところなんですよ、あなたたちの目論見は分かっていますからね」
「Oops、思ったより早かったな? どうだい、イカしたアイデアだろ!」
「このまま星の彼方まで蹴り飛ばしてやりましょうかこの野郎……」
「おっとそいつぁ待った方がいいぜ、金魚たちが集まってきやがった」
殺気立つおかきの周囲にまたしても光で出来た金魚たちが揺蕩う。
この金魚たちの役割はおそらく会場の警備、わざわざ姿を見せるのは問題を起こせばゲストであるおかきたちでも容赦をしないという警告だ。 このまま頭だけのクラウンを蹴り飛ばせばどんな処罰が下るか分からない。
「気ぃつけなお嬢ちゃん、イエローカードだぜ! また俺様に手ぇ出したら神サンたちが黙ってねえかもな?」
「神の威を借りて何言ってんですか頭だけのピエロが、殴られたくなければ変な真似しないでくださいよ」
「Oh……ピエロにお道化るななんて息をするなっって話だぜ、というわけでカモンマイボディ!」
首だけクラウンが口笛を吹くと、林を飛び出してきた胴体が素早く頭部を回収し、見事なドリブルで蹴り運んでいく。
一瞬追いかけようかと迷うおかきだったが、自分を見つめる金魚たちに牽制され、足を止めざるを得なかった。
「……? この金魚……」
「ぐおおおお酔う! これかなり酔う! だがそれはそれとアディオース!!」
「あっこら待て! くっ、ここが人の世なら暴力による解決も許されたというのに……!」
「ええっと……人間の子、俺はどうしたらいいんだい?」
「ああ、すみません。 あのピエロが話したことはお気になさらず……あの、つかぬ事を置きしますがあなたは何を司る神様で?」
「俺かい? 鯉の侵略的外来種としての側面を司る神様だけど……」
「日本の神様八百万すぎません?」
――――――――…………
――――……
――…
「そうだな、実は人間の娯楽としてダイナマイトが流行……いやなんでも爆発に繋げるのは単調か? だとすれば飲食物のトッピングに毒……直球過ぎて面白みに欠けるな、それに毒と言っても多種多様……」
「なに神様の庭でクソ真面目にネタ帳こねくり回してんだろこのピエロ」
「ぬわーっ!? き、貴様はSICKの手先!!」
「手先言うな、それにどうやら新人ちゃんの懸念は当たってたっぽいね」
クラウンが自分の頭部をドリブルしている一方そのころ、忍愛は参道から草葉の陰でうずくまるジェスターを発見していた。
仮面をつけた道化師の手には付箋まみれの古びた手帳が握られ、ネタ出しに相当苦労していることが窺える。
「ふ、ふん! どうやら我々の目的に気が付いたようだな! だがこの神域において暴力行為は禁じられている、さあどうやって我々を止める気かな!?」
「いや……見つけたのは良いけどお前なら放置しても問題ない気がしてきたな」
「なんだとォー!!?」
仮面越しでもわかるほど怒り狂うジェスターの頭部から湯気が噴き出す、まさしく怒髪天だった。
「きさ、きさま……貴様ぁ!! どういう意味だ、事と次第によっては今すぐ殺してやってもいいんだぞ!?」
「いや今自分でも暴力禁止だって言ったじゃん、ほら上見なよ」
忍愛が指摘する通り、浴衣の下から投げナイフを取り出すジェスターを取り囲むように光の金魚が集まり始めている。
しかし金魚たちは騒動の主がジェスターであることに気づくと、すぐに興味を失って散り散りに去って行ってしまった。
「すごいな、金魚たちからも放置していいって思われてるじゃん」
「何故だ!? ワンタメイト興行は人々を幸福な死に追いやる狂気的な一団なんだぞ!?」
「自分からそういう事言っちゃうのがもうダメじゃん、はいはいクソ真面目にバカなことやってないで撤収撤収」
「うおーふざけるな貴様離せ……ん? おい待て、お前たちのところに居た狐娘はどうした?」
「はっ? パイセンならボクらと別れてお前の仲間探してるところだけど、なにもしかしてナンパ? 腕の一本ぐらい折っとく?」
「グワアアアアやめろ貴様バカバカ違う違う!! 貴様別れたとか正気か!?」
アームロックをかけられながらも必死にタップしつつ、ジェスターは叫ぶ。
なおこの一連のやり取りはコントとみなされているのか、宙を漂う金魚たちは見て見ぬふりだ。
「ボクはいつだって正気だし真面目で優秀なエリート忍者だけど? お前たちのせいでせっかくのお祭り楽しめてないんだから大人しくしろっての!」
「だったら余計大変なことになるから聞け!! お前は雪山の一件を忘れたのか、ここは神域だぞ!? 何故目を離した、あの狐娘の中に何が潜んでいるのか思い出せ!!」
「………………あっ」
普段は鳴りを潜めているが、ウカの中には元となる神が存在する。
神としての力を開放するほど表に現れるその人格は、他の神が関わる領域においてはウカの抑えが効かないほど露わになる場合もある。
たとえば天戸祭のような――――
「おい、あの狐娘はどこに行った……クラウンのやつならまだいい! まさかクラップハンズのところではないだろうな!?」
「ヤ……ヤッベー……ボクもう逃げていいかな!?」
「貴様責任から逃げるなァ!! いいから探すぞ、最悪の場合この天戸祭が壊される!!」




