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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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天戸祭 ⑤

「……それでヤタガラスさん、今はどこに向かっているんですか?」


 ワンタメイト興行と別れたあと、おかきたちは先の見えない参道を歩き続けていた。

 立ち並ぶ出店がなければ自分が歩いているのか忘れてしまいそうなほど長く、代わり映えのない景色。

 道の先は闇に包まれて何も見えず、おかきにはヤタガラスが目指す目的地が分からなかった。


「カァ。 御子殿をお連れするのは此度の祭事、その本殿」


「本殿……ならここはだれかさんの神域っちゅうことか?」


しカァり、祭事の場は神聖なくじによって決められる。 天戸祭に選ばれるのは日の神にとって誉れである」


「へー、なんかオリンピックみたいだね」


「まあオリンピックも神々を称える儀式みたいなものですからね。 しかしヤタガラスさん、それらしい建物は見えませんがあとどれぐらいかかります?」


「時期に」


「うーん、そうですか……」


 それ以上言葉は必要ないと嘴を閉ざされてしまえば、それ以上の追及は難しい。

 ただいつまで続くかもわからない道のりの沈黙は耐えがたく、ふと周りを見渡して気になったことをおかきは問いかけてみた。


「それにしても人が……いえ、この場合神様ですか? 誰も見かけませんよね」


 長い道のりの途中、ワンタメイト興行以外の存在をおかきたちは見かけていない。

 通りすがりに出店の中を覗き込んでも、出来立てのタコ焼きや焼きそばこそあるが、店主の姿は1度たりとも見ていない。 祭りとしてはあまりに人気ひとけがなく、異様な光景だ。


「おかき、気づいてへんと思うけどすでに何柱もうちらとすれ違っとるで」


「えっ……」


「なんかチクチク視線感じるよね、幽霊みたいな感じ? 見えないくらい霊気が希薄なのかな」


「逆やな、むしろ()()()()()。 神格が人間の知覚範囲を超えとるさかい、無意識で目を合わせないようにしとるんよ」


しカァり。 ここに集うは人の身で全容を知れば狂い果てるほどの神格、故に瞼を閉ざすは慈悲である」


「………まさしく知らぬが仏ってわけですか」


 忍愛の頭上に座するヤタガラスはそう言いながら、まるで見えない誰かに道を譲るかのように羽を広げて首を垂れる。

 おかきはヤタガラスが下げた頭の先に目を凝らすが、やはり誰の姿も見えない。

 ……ただ一瞬、空気の密度が変わった気がした。


「ご主人すずん、安心するといい。 皆ご主人たちを歓迎しているぞ」


「タメイゴゥ……あれ? あなたには見えているんですか?」


「うむ、みな個性的な形をしている」


「うーんどうやら見えなくて正解っぽいよ新人ちゃん」


「そうですね、神格なんて百害あって一利なしです」


「その考えもどうかと思うで?」


「カァ。 到着」


「へっ? 何言ってへぶちっ!?」


 先頭を歩かされていた忍愛が、突然目の前に現れた柱に顔をぶつける。

 参道は見通しも良く、等間隔で建つ出店の他に目立つ建造物はなかったはずだった。 少なくともおかきたちが見える範囲では。

 しかし、現に目の前には天を貫くほど巨大で荘厳な“本殿”がそびえ立っていた。


「おごごご……は、鼻が……ボクの鼻が取れた……!」


「くっついとるから安心せえ、しっかし……えらい大物の気配やな、おかきたちに合わせてずいぶん出力押さえとるみたいやけど」


「もしかして私たちが見えるよう調整するのに時間が必要だったということですか?」


「カァ」


 正解とばかりに一鳴きしたヤタガラスは傷みに悶える忍愛の頭から飛び立ち、本殿の中へ吸い込まれるように消えていく。

 開かれたまま固定された扉の奥からは仄かな光が漏れ出している。

 それは柔らかい暖かさを持ちながらも、直視すれば焼かれそうな激しさを秘めた、神性の光だ。


「……招き入れられているんですよね?」


「せやな、ここで回れ右したら無礼にもほどがあるで」


「ですよねぇ。 では、お邪魔しまーす……」


「――――やあ、よく来たね」


 一呼吸整え、おかきは意を決して本殿へ足を踏み入れた。

 本殿の中は意外にも広くなく、柱や壁は真白く滑らかで一切の継ぎ目が見えない。

 まるで舞台の幕裏のような静けさで満ちている。

 そして殺風景な部屋の中央に座し、にこやかにおかきたちを迎え入れた部屋の主は、小さな子どもの姿をしていた。


「ようこそ、ウカノミタマに連なる子。 それと数奇な神々に愛された子と……あと面白い子」


「雑じゃないかな、ボクだけなんかちょっと雑じゃないかな!」


「山田、今真面目な話してるから静かにしぃ」


「存在が真面目じゃないとでも!?」


「あっはっは、やっぱり面白い子だ。 うん、君たちを呼んでよかった」


 ケラケラと笑う幼子は年齢にして6~7歳といったところか。 真っ白な着物に金の帯を締め、艶やかな黒髪が肩にかかっている。

 中世的な容姿は男女どちらにも見え、つぶらな瞳はどこか気だるげで、それでも確かに全てを見透かしているようだった。


「お、お初にお目にかかります。 私は藍上 おかきで、こちらが……」


「大丈夫、君たちのことは本体がずっと見てたよ。 とても険しい道を歩いて来たね、とくに美術館の一件は愉快だった」


 高くも低くもなく、どこか眠たげで、それでいて耳に残る声色。

 恭しく頭を垂れるおかきに対し、その存在はまるで旧知の友にでも話しかけるような気軽さで言葉を投げかけてきた。


「美術館……たしかあれは……それにヤタガラスさん……あれ、もしかしなくてもあなたは」


「私の正体は些事だ、それに所詮ただの分神ゆえ気にしなくていい。 そんなことより君たちを招待した件について話そう」


 座布団に座した神が手を叩くと、おかきたちの目の前に一瞬炎が燃え上がり、その中から1枚の紙が現れる。

 ひらりと舞い落ちるそれを受け取ってみると、プリンターで印刷されたようなマス目が書かれた神秘の欠片もないスタンプカードだった。


「……あの、神様? これはいったい……」


「うん、見ての通り天戸祭スタンプカードだよ。 全部埋めると豪華景品と交換できる」


「天戸祭スタンプカード」


「ふふっ、巧く出来てるだろう? 実は君たちに頼みたいのは他でもない――――マンネリ化しつつある天戸祭にどうか新しい風を吹かせてほしいんだ!」


「マンネリ化」


 神聖な祭りとは程遠い俗物的な言葉のギャップにおかきはめまいに襲われ、クラリと天を仰ぐ。


 ああ……今回もまた、トンチキ案件だ。

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