天戸祭 ④
「ご主人、やつらはいつぞやの雪山で見た連中か?」
「タメイゴゥ、齧っていいですよ。 ただしお腹壊すので食べちゃダメです」
「待て! 出会い頭で待てお前! まだ我々は何もしてないだろ!?」
「“まだ”言うたな」
「推定有罪の精神で殺っちゃっていいんじゃないこれ」
「(°Д°;≡;°Д°)」
ワンタメイト興行とSICK、決して交わらない両者の間に緊張が走る。
かつて2度の事件で相対し、その中でおかきの命を奪いかけ、時には気まぐれに共闘したこともある相手。
互いの“異常”を知っているからこそ、笑顔すら容易には信用できない――――そんな一触即発の空気を砕いたのはお道化るクラウンの笑い声だった。
「HAHAHAHA! 怖い顔すんなよピエロがいるってのによ! 先に言っておくが喧嘩はなしだ、そうだろ神サン!」
「如何にも。 この場は余すところなく神の御前と心得よ」
忍愛の頭上に鎮座するヤタガラスが琥珀色の目を鋭く光らせる。
いつの間にか周囲には宙を泳ぐ金魚のような光が数えきれないほど漂い、そのすべてがおかきたちを見つめていた。
「うわっ! なんか増えてる!」
「どうする、続けるかい? 俺は構わないけど神サンたちがなんていうかな!」
「吹っ掛けるなアホ! お前たちも考える頭があるなら手を引け、ここで争うのは互いのためにならないだろう?」
「……どうやらそうみたいやな、さっきからチクチク視線が刺さって敵わんわ」
「イエース、わかってくれたようで何よりだぜ」
両手を上げて喜びの意を表すクラウンの袖からいくつもの風船が飛び立ち、空に上がっては花火となってはじけて消える。
それを見た周囲の金魚たちは尾ひれを動かして拍手の真似をし、ひとしきり満足すると何事もなかったかのように散って行った。
「……パイセン、ちょっと興味本位で聞くけどあのままドンパチしてたらボクらどうなってた?」
「即死出来たらマシだったんとちゃう?」
「あっやっぱ怖いからいいや……で、ここからどうする?」
「まあ……どうにもできないですね」
おかきは抱えたタメイゴゥをなだめ、ウカもまた手元に点していた狐火を握り潰して矛を収める。
神々の御前で不敬を働けば命はない、それはクラウンたちも同じだ。 この場は絶対的な抑止力が常に睨みを利かしている。
それにクラウンたちの殺害対象はあくまで人間。 神性存在しかいない天戸祭の場に彼らの獲物は存在しない、万が一にでも一般客が巻き込まれる心配はないだろう。
「色々聞きたいことはありますが、そもそもなぜあなたたちはこの場に居るんですか?」
「そりゃもう、祭りと言えばピエロだろ?」
「けったいな風物詩やな、何を企んどるかキリキリ吐きぃや」
「ええいSICKの手先が人を見かけで判断しおって……我々は何も企んではいない、ただの祭り客だ! そうだろうヤタガラスよ!?」
「如何にも、この天戸祭に訪れたのならば人も神も構わず歓迎するのみ」
「そら見た事か! 導きの神たるヤタガラスのお墨付きだ、お前たちがどのように天戸祭へ侵入したのかは知らんが我々は堂々とこの場にいる!」
「えっ、そうなのジェスター君? 俺ぁてっきり裏口からコッソリ忍び込んだのかと……」
「なんで我々を連れてきたお前が分かってないんだァー!!!!」
「(-Д-)=3」
ジェスターがクラウンの頭を引っ叩くと鐘のような金属音が反響し、その後ろでクラップハンズが呆れた仕草を見せる。
流れるようなボケとツッコミ、老舗のコントが展開された会場にはどこからともなく笑い声と喝采が聞こえてきた。
「……ずいぶん受けとるけど、まさかこれもおどれらの仕込みか?」
「HAHAHA、まさか! 俺ちゃんたちの喜劇に神サンもドッカンドッカン大ウケって寸法よ、なあジェスター君?」
「クソッ、手ごろな鈍器でもあれば……!」
「えっ、ガチ殺意?」
「クラップハンズさん、話を聞かせてもらえますか?」
「(*゜Д゜)(*。_。)」
狂人を相手にしては埒が明かないと悟り、おかきはインタビューの対象を道化2人からクラップハンズへ切り替えた。
声帯が存在しない彼女だが、そのぶん身振り手振りのパントマイムは一級品。 冷静に観察すれば下手な言葉より雄弁に会話ができる。
そしてクラップハンズの話をまとめると、3人が天戸祭に訪れた目的は奇しくも「夏季休暇」ということらしい。
「つまり“支配人”から日頃の労いとして、天戸祭への招待状を渡された……ということで間違いないですか?」
「(( *˘꒳˘ )) 」
「支配人っちゅうのはうちも初耳やな、ピエロどもの雇い主か?」
「おっとそこから先はオフレコで頼むぜキツネの神ちゃん、まあ俺たちも立派なホワイト企業戦士ってことよ。 どこかのブラック団体と違ってな?」
「ハァ……ハァ……ボクらのSICKが労働基準ガン無視労災現場猫まみれのクソブラック企業……?」
「悲しくなるのでやめてください忍愛さん。 ……本当に目的は祭りを楽しむだけですか?」
ジロリとおかきは胡乱げな目でクラウンを睨む。
だがつかみどころのない男は笑みを崩さず肩をすくめて見せ、あくまで「YES」とも「NO」とも断言はしない。
「ヤタガラスさん、あの3人はまだ何か隠しています?」
「慧眼である。 黒きファラオ、白き者、あるいは貌無き混沌すら一目を奪う御子殿、彼の者どもは我々が呼んだ」
「あっ、おいそっちに聞くのは反則だろぉ!?」
「やっぱり、招待状を送り付けたなら招く理由があるはずですからね。 何を隠しているんです?」
「ん~~~~……教えなぁーい! そっちの方が面白そうだからな、へいクラップハンズ!」
「( ´ ・ д ・ ` )」
渋々といった様子のクラップハンズは手に何かを持った仕草を見せ、すかさずその“なにか”のピンを引き抜くジェスチャーを行う。
次の瞬間、クラップハンズの手元からはもうもうと煙が巻き上がり、おかきたちの視界をあっという間に埋め尽くした。
「ウワーッ! ゲッホゲホゲホ!! 何も見えなーい!!」
「HAHAHA! 悪ぃな、ピエロはクールに去るぜ! アディオース!」
「まあなんだ、我々の目的はお前たちもすぐにわかるだろう。 行くぞクラップハンズ!」
「(。・ω・)ノシ」
「ゲホゴホッ!! 待たんかいゴラァ!!」
ウカが煙を振り払ったときにはすでに3人の姿はなく、参道にポツンと落ちていたのはキスマーク付きのサイン色紙(クラウン直筆)が1枚のみ。
そして即座に色紙を焼き払ったウカたちが、別れ際にジェスターが残した言葉の意味を知るのは、本当にすぐのことだった。




