天戸祭 ①
「さて、君たちは天岩戸を知っているかな?」
「まあ、人並には……」
「やれやれボクらも見くびられたものだよねパイセン、キューちゃんに教えてあげなよ」
「お前の口から説明したらどないや」
「新人ちゃん、パイセンも知らないらしいから教えてあげて」
「シバいたろか」
「天岩戸はですね、アマテラスが弟に怒って洞窟に引きこもった事件のことです」
弟であるスサノオの暴挙に怒ったアマテラスは洞窟の奥に引きこもり、太陽神がいなくなったことで世界は暗闇に包まれてしまった。
最終的にアメノウズメが岩戸の前で踊り、外で盛り上がってるのに気を取られたアマテラスが顔を出したことで一件落着……という天岩戸の概要をおかきが掻い摘んで忍愛へ教える。
「ほうほうなるほどねまあボクも知ってたけど、古事記にもそう書かれてた」
「ホンマに書いとるパターン初めて見たわ」
「うんうん、さすが要点は抑えてるね。 天戸祭はその逸話が元となったお祭りだ、“太陽神が羨むほどのどんちゃん騒ぎをしようぜ”ってコンセプトでね」
「へー、楽しそうじゃんね! 海は行けなかったけど今度はボクも参加するよ!」
「でもキューさん、わざわざ招待状があるってことは結構厳格なお祭りなんじゃないですか? 差出人は誰なんです?」
「ん? 神様」
「はい?」
「神様だよ、この国に御座す八百万の神々。 招待状は連名だったけど……おいらが読めたの三柱くらいかな」
さらりと言ってのける宮古野に、三人の目が思わず泳いだ。
「あの……神様って神社に祀られてたり、神話に出てきたりするあの神様ですか?」
「うん、それそれ。 おかきちゃんたちも赤室じゃ山神様に世話になったろう? まあいわば神々の夏フェスってところかな」
「夏フェス」
「パイセン、神様的には知らなかったの?」
「いや、薄っすら知っとったけど詳しい話は初めて聞いたわ」
「あー、だからかな? これ本来ならウカっち宛ての招待状なんだよ、SICKでインターセプトしちゃったけど」
「いや何してくれとんねん」
宮古野がひっくり返した招待状の裏面には、一読した程度では識別できないほどの達筆で書かれた字が記されている。
じっと目を凝らしたおかきが読み解けたのは辛うじてカタカナで書かれた「ウカ」の名前だけだ。
「ちなみに中身も神罰覚悟で検閲させてもらったけど特に異常性は帯びてなかったよ、内容としては“友達誘ってきてもいいよ”ってだけ」
「なるほど、だから私たちが……待ってください、そのお祭りって人間が混ざってもいいものなんですか?」
「構わないよ、神の懐は深いさ」
「まあ向こうの感覚としては都会から出戻りした若い子が甥っ子連れてきたようなもんやろ」
「神様って田舎のお爺ちゃんかなにかなの?」
「SICKも以前から天戸祭の存在は知っていた、神無月でもないのに日本中の神性存在が集まる時期があることからね。 ただ招待状が届いたのは今回が初めてだ」
「それでなんでボクらが遊びに行くって話に繋がるの?」
「内部調査だよ。 SICKが掴んでいる天戸祭の情報は、数少ない神隠し体験談から聴取した曖昧な内容に過ぎない。 実際にエージェントを送り込めるのはまたとない機会だ」
「なるほど、以前から人間が迷い込んで生還したケースはあったんですね。 安全性は一応確認できていると……」
おかきはあくまで「ひとまず安全」という認識を忘れない、神の危険性は赤室学園で身に染みている。
そもそも天戸祭に迷い込んだ人間が100%生還しているという保証はない、たとえ温厚でも神を前に無礼を働けばどうなることか。
「なに、仮にも神格を持っているウカっちがついているなら多少のヘマは大丈夫さ。 おかきちゃんならその点も信頼できるし」
「キューちゃん、どうしてボクから目をそらして話すの?」
「ハハハ、山田っちはまあ……ノリでなんとかなるさ」
「パイセン! ボクちょっとお腹痛いから帰る!!」
「肉盾……お前はうちらの大事な仲間やさかい、置いて行くわけないやろ?」
「肉盾言うな!!」
「なあに祭りという場なら多少の無礼講も許されるさ、過去の遭遇例からNGマニュアルも用意してある。 ドレスコードも用意してあるからあとで着替えてみてくれ」
「ドレスコード……ですか?」
あくまでテーブルに差し出された電子デバイスのマニュアルに目を通しつつ、ドレスコードという和の様式に似つかわしくない横文字に嫌な予感を感じ取ったおかきはぴくりと眉を動かす。
「祭りと言えばやっぱり浴衣だろ? サイズは合うはずだから好きなものを選ぶといい、もちろんSICK製の特別頑丈な布地を使っているよ」
「……今回の任務、甘音さんが不在で正直助かりました」
「新人ちゃんのコーデに一番気合入りそうだよねガハラ様」
「たとえガハラ様が一緒でも今回はおかきちゃんには参加してほしい任務だぜぃ、あわよくば神のご加護を賜れるんだ。 君に待つ死の予言も跳ね返せるかもしれない」
「それは良いことを聞きまし――――あー……なるほど、神の加護……」
「ん? どないしたおかき?」
「いえ、やっぱりというかなんというかある意味予想通りの人物がいたというか」
すこしげんなりとした顔をしたおかきは、めくっていた電子マニュアルを2人に見せる。
ウカと忍愛がデバイスを覗き込んでPDFファイルに目を通すと、納得したように息を漏らし、それ以上何も言わなかった。
「……ほな、キューちゃんが用意してくれた浴衣見に行こか?」
「そうですね、せっかくですしお互い似合うものを選んでみましょうか」
「うん、下手すると無礼者扱いされてアレと同列になるのはボクもイヤかな……」
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【祭り会場の掲示板】
神隠し被害者から聴取したところ、複数人から同様の証言を得られた。
会場の各所に立てられたこの掲示板には祭りでの注意事項のほか、「指名手配犯」などの情報も記載されていた。
以下に被害者の証言から可能な限り再現した内容を記載する
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・【掲示板情報:指名手配犯】
>子子子子 子子子
無礼千万、慇懃無礼、公序良俗違反、歩く性犯罪、まっこと不遜
見つけ次第直ちに追い返せ
二度と来るなバーカ!
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