メニー・メニー・メリー ③
「……ということがありましてね、あの時は大変だったんですよ」
「びっくりした、急に何の話聞かせられたのかと思ったよおいら」
メリーさん大量発生事件の翌日。 青凪ホテルの隠蔽工作に一区切りがついた宮古野は、食堂にておかきの報告を聞かせられていた。
なお報告とは言うが半分は愚痴のようなものである。 おかきもこのカオスな体験は、誰かに話さなければ消化できなかった。
「うーん、たしかに基地防衛システムの稼働ログが残ってるな。 それで今こうして話してる限りじゃ君たちの力で解決できたってことかい?」
「はい、押し売り型退職代行系メリーさんがすべてのメリーさんを退職させてくれました」
「なんて???」
通話相手の職に退職代行を押し売りするという特性に対し、多数の「メリーさん」という肩書は職業と判断された。
結果として(おかきには理屈は分からないが)大量のメリーさんは自身の肩書を失い、アイデンティティを喪失。 1体残らず勝手に消滅していった。
「エ〇タで陣内がやるネタかな? ともかく解決したのはよかっ……待った、その押し売り退職代行本人はどうなったの?」
「先行していたパワー系メリーさんと鉢合わせたようで対消滅しました」
「うーんどういうことなんだ」
宮古野が思わず額を押さえる。
頭の理解が追いつかないのか、単に頭痛がしたのかは定かではない。
「まあ、無理に理解しない方がいいとは思いますよ……そもそもメリーさんってなんなんですか?」
おかきは味噌汁をすすりながらずっと抱いていた疑問を投げかけた。
今日の味噌汁はなめこと豆腐、おかずはアジの開きと小松菜のお浸しにだし巻き卵を添えたご機嫌な定食だ。
「説明が難しいんだけどね、メリーさんは存在するけど実在しないんだよ。 おかきちゃんはメリーさんの姿は見たかい?」
「いいえ、電話越しに声を聞いただけです」
「そう、メリーさんの怪談は誰もメリーさん本人を目撃せず終わるんだ。 原典でも被害者の末路は諸説あるだろう?」
「そう言われてみれば……」
おかきもメリーさんの電話の概要は知っているが、その“オチ”に関する知識だけはストンと抜けている。
「背後のメリーさんに殺される」「自分がメリーさんになる」「恐怖で気絶して翌朝何事もなく目覚める」など、うろ覚えの仮説は多々あるが、どれも原典のオチかと問われれば首をひねる。
「おいらたちも通話ごとに発信源を特定する実験を行ったことがある。 その結果、メリーさんが移動した痕跡はあったけど本人は実在しなかったんだ」
「それはええっと……つまりどういうことです?」
「たとえばSICK内の扉は開閉の履歴がすべて記録されている。 もしここでメリーさんが君の背後に回るなら、食堂の扉を通過する必要があるだろう?」
「まあそうなりますね」
「だが実際に監視カメラに何も映らないし、扉が開閉することはない。 なのに開閉ログにはメリーさんが通過したという痕跡だけが残るんだ」
「あー……なんとなく理解できました」
メリーさんは幽霊や透明人間とも違う、“そこに居た”という足跡だけ観測できる存在なのだ。
そんな存在が背後に立っていたところでオチがつくはずがない、散々脅かしてきた怪異が実在しないなんて肩透かしにもほどがある。
「メリーさんは未完なんだよ、着地点がないから逆説的に彼女たちも実在できない。 そしてすでに未完のままの伝承が強固に語り継がれてしまっている」
「……もしかして、あのまま放置していても実害はなかったんですか?」
「少なくとも、SICKが知る中でメリーさんから実害を受けたケースは1件もない。 ただこれは結果論だ」
「ですよね、現にメリーさんも変化しているわけですし」
パワー型、スピード型、インテリ型、多様化したメリーさんは彼女たちなりの適応進化なのかもしれない。
強引な個性で無理やり話の着地点を作る……宮古野の話は裏を返すと、都市伝説にオチができればメリーさんはこの世に実在できるということだ。
多くの人間が知る都市伝説、それがもし突然実体化すれば――――
「……本当に薄氷ですね、この世界」
「頼んでみるかい? 退職代行」
「そんなもので辞められるほどホワイトな企業じゃないでしょうに」
「あっはっはそりゃそうだ、それに君としてもSICKから足を洗うわけにはいかないだろう?」
「…………そうですね」
失踪した父親を見つけ出す。 その目的を果たすまで、おかきもSICKを辞めるわけにはいかない。
この組織ほど情報が集まり、かつ人類に寄り添った倫理を持つ場所はない。
はじめにSICKと邂逅できたのはおかきとして最高の幸運だった、あまりに出来すぎていると勘ぐってしまうほどに。
「それとおかきちゃん、君たちに頼みたい仕事が1件増えた。 病み上がりで悪いけど体調はどうだい?」
「いきなりですね、まだ本調子とは呼べませんが悪くはないですよ。 それで次はどんな世界の危機なんです?」
「はははそんな毎回世界が終わるわけないじゃないか、それに今回こそ安全……」
「あー! いたいた新人ちゃん、ねえパイセンが信じてくれないんだよー! 一緒にパワー系メリーさんたちのこと説明して!」
「せやかてエンタで陣〇がやるネタやろそんなん」
話の腰を折っておかきと宮古野のテーブルに乱入してきたのは、涙目の忍愛と呆れた顔のウカだった。
忍愛もおかきと同じ体験をしたはずだが、結果は御覧の通り。 悲しきかな人望の差である。
「おっとウカっちも聞かせられたか、互いの電話を繋ぎ合わせてメリーさんを対消滅させた話」
「〇ンタで陣内がやるネタやん!」
「まあ詳細はあとでレポートに目通しておくれよ、それよりウカっちたちも揃ったなら話が早いな。 仕事の話をしようぜぃ」
そして話を仕切り直した宮古野が白衣のポケットから取り出したのは、銀の装飾が施された真っ白い便箋。
ロウ付けされた封には三日月の模様が刻印され、如何にも神秘的な雰囲気を思わせる。
「これは招待状さ、招かれる宴の名前は天戸祭――――簡単に言えば君たちには夏祭りで遊んできてほしいんだ」




