うるせぇんですよ ③
「なるほど、機転は認めよう!! その矮小な体でよくもまあ時間を稼いだものだ、しかしその顛末が自己犠牲とは実に愚かしい!!!」
「うるさいですね……」
ただでさえやかましい声が地下空間に反響し、おかきの不快指数は限界値を振り切れる。
顔を上げるまでもない。 おかきが知る中で、ここまで無駄に声がデカい人物は1人しかいないのだから。
「さて、迷子のバニ山を迎えに来たらこれは一体どういうことだろうな藍上おかき!!!」
「そんなデケェ声出さなくても聞こえてますよ、よりにもよってなんであなたが来るんですかカガチ!」
カガチ。 それはSICKから離反し、危険組織LABOの所長を務める男の名。
知的探求のためなら多様な犠牲をいとわず、以前にはおかきをスカウトするついでに赤室学園を危機に陥れた要注意人物だ。
おかきの「二度と会いたくねえ人物リスト」にどこぞのピエロと変態シスターともどもトップスリーを飾る一角でもある。(※アクタは殿堂入り)
「ウヴヴヴヴゥゥウゥウ……!!」
「おお面妖なケダモノ、どのような合理性からその形状に行きついたのかは気になるが貴様の相手は後だ。 吾輩は藍上おかきの勧誘に来たのだからな!!」
「お帰りください」
ろくでもない乱入者の登場におかきは上体を起こし、拳銃を構える。
カガチの登場は想定外だったが、一瞬でも怪物の気を引いてくれたのはおかきにとって幸運だった。 こうして粘着した液体を引きはがす隙が生まれたのだから。
「ほう、衣服の下に洗剤か何かを隠していたな? そこに水が浸透ことで流出し、背部の粘着物を劣化させたと……吾輩が来る前にそこまで分析が済んでいるとはな!! さすがだぞ!!!!」
「本当にうるさいんでボリューム落としてくれません? 私はまだ我慢できますが……」
「ヴウウウウウアアアアアア!!!!」
よほど癇に障ったのか、ケダモノの爪がカガチ目掛けて振り下ろされる。
轟音――――コンクリ床が割れ、土砂と水しぶきが飛び散る。 衝撃波が空気を押し込み、おかきの髪が波打つように揺れた。
怪物の全体重・全膂力を込めた渾身の一撃……だが、おかきには不思議とあの無駄に声がデカい男が無残に死んでいる光景が想像できなかった。
「はっはっは、知性の欠片もない攻撃だな!! 流体という特性をまるで生かせていない!!」
「ヴウウゥ!!!!!!」
煙と飛沫が収まったその中心で、カガチは微動だにせず立っていた。
怪物の全体重をじゃれる犬をあやすように、片手で受け止めながら。
カガチの腕には灰色の外骨格アームが巻き付き、先端部から細い盾のようなエネルギーフィールドを展開している。 おかきには爪の一撃がその盾に阻まれ、すべての衝撃が床に逃がされているように見えた。
「ハッハッハッハ、これぞ衝撃吸収型パワードアーム“デスワーム君試作3号”!!!! あらゆる衝撃を受け流しアース線のように尾から逃がす!!!! 弱点として装着者の運動も衝撃と認識するため一切身動きが取れない!!!!」
「欠陥品じゃねえですか」
「フハハハハ助けてくれ藍上 おかき!!!」
もはやヤケクソ気味に笑うカガチだが、彼のパワードアームは怪物の暴力と完全に拮抗している。
怪物が振り下ろす連続ネコパンチは常人が割り込むような隙もなく、もし一瞬でもあのパワードアームが解除されれば即座に人肉ミンチが完成する。
すなわち――――自分にできることは何もない。 コンマ数秒で無情な決断を下したおかきは、すぐに意識をカガチから天井の人質たちに切り替えた。
「おーい、藍上おかき!! 一応吾輩はお前を助けに来た形になるのだが!!」
「しばらくそこでじゃれ合っててください、うまくできるといいんですけど……」
おかきは銃口に粉洗剤のあまりをこすりつけ、繭を吊るす支えの部分を狙い撃つ。
すると1発、2発、3発と弾丸が命中するうちに、洗剤による腐食が進んだ繭が自重に耐え切れず、糸が千切れておかきの目の前まで墜ちてきた。
「うおっと! だ、大丈夫……ですよね?」
繭の耐衝撃性は優秀だったようで、地面にめり込むような衝撃でも内部の人間に被害はない。
そして天井との接続が切れたおかげか、おかきが手を加える必要もなく銀色の繭は融解し、閉じ込められていた小山内を吐き出した。
「小山内先生、生きてますか? 藍上です、藍上おかきですよ!」
「う、うーん……もっとこびっこびのロリ声で甘々に“お姉ちゃん♪”って呼んでくれたら起きるかも……」
「まだ銃弾は残っていることを忘れないでくださいね」
「起きた! 今起きたとも藍上くん!! まったく逃げろと言ったのに来るなんて不良生徒だな君は!!」
「不良教師には言われたくありません、悪いですけど動けるなら手伝ってください。 まだ囚われた人たちがいます」
おかきが真っ先に小山内を救出したのは、ただでさえ足りない人手を確保するため。
天井にはまだ繭に囚われた人たちが何人もいる、同じ方法で助け出そうにも銃弾だけでは燃費が悪い。
カガチに怪物を押し付けている間、人質の救助に注力できる人材が必要だった。
「ちなみにやつらの弱点は……」
「大丈夫、大体わかった。 残りの洗剤を譲ってくれ、役割分担と行こう」
「助かります。 では私は……渋々ですがそろそろアレのサポートに回りましょうか」
「ハァーハッハッハ!! ナイスタイミングだ藍上おかき、そろそろデスワーム君が悲鳴を上げてきた!!!」
衝撃を逃がすと言えど所詮は試作型か、カガチの腕に巻かれたパワードアームは怪物の猛攻に耐え切れず、嫌な音を立てはじめていた。
「カガチ、その機械に放電機能などはないんですか?」
「腕に装着するものにそんな機能あるわけないだろう、感電するではないか!!」
「チッ、キューさんだったら自爆機能のついでに搭載してますよ。 だったら他に使えそうな装備は?」
「ここに来るまでに使い果たしてしまった!! だがその分他の脅威は排除したと言ってもいい!!」
「ここが一番の脅威なんですけど……って、待ってください。 他の脅威は倒してきたと言いました?」
このホテルに蔓延っている液体生物が1体や2体出ないことはおかきも知っている。
カガチが地下までの道中で出会っていても不思議ではない。
だが液体生物たちは侵入したおかきたちを探し、小山内が泊まっていた3階のフロアに集まっていたはずだ。
つまりカガチも3階を通ってきた可能性が高いということだ。
「……カガチ、あなた……ここに来るまで何をしてきました?」
「ふふ、いい着眼点だ! では逆に設問を出そう、吾輩は何をしたと思う?」
3階には天井裏から脱したおかきの他にもう一人、取り残された人物がいる。
もしカガチが想像通り小山内の部屋の前を通り、液体生物たちを倒していたなら――――
「――――ふむ、残念ながら回答を待つ時間はないな。 では、答え合わせと行こうか」
カガチが指を鳴らすと同時に、地下を照らすわずかな照明がすべて消える。
彼女が目覚めるため、すべての電力を注ぎ込んだ代償として。




