トンチキ海物語 ③
「いいなぁー! ボクも行きたい行きたい海行きたい遊びたい仕事サボりたーい!!」
「仕事やで?」
SICKの技術の粋を集めたメディカルルームにて、見舞い品のリンゴを齧りながら忍愛はベッドの上で駄々をこねる。
それを呆れた顔で見つめるのは、任務前に様子を見に来たおかきたちだ。
「どのみちそのケガじゃ無理でしょ、全治3か月だったかしら?」
「飯食って寝れば3日で治る!!」
「あんたの場合それが冗談にならないのよね」
「とはいえ忍愛さんには大神を無力化するためにかなり無茶をさせてしまいました、今はゆっくり休んでください」
三食提供される食事も完食し、悠々自適に自堕落を満喫している忍愛だが、負った傷は決して軽くない。
大神 虎次郎との交戦で片腕の骨折、胸を袈裟に斬られた裂傷に出血多量と、常人ならば生死の境をさ迷ってもおかしくはないものだ。
「えー、そんなこと言って大丈夫新人ちゃん? ボクいなくって寂しくない?」
「ストレスフリーな一日送らせてもらっとるで」
「そういえばあの狼ジジイって結局どうなったわけ?」
「落ち着き次第事情聴取……の予定ですがあまりうまく進んでいませんね、今は特殊合金製の収容室で暴れているようです」
「元気だなー、ボクと新人ちゃんを傷ものにしたくせに」
「その言い方止めなさいよ」
「山田はアレやけどおかきは頭大丈夫なん?」
「あんたも言い方」
「ええ、傷も浅いうえ切り口も綺麗だったのでかさぶたも残らず治りそうです」
髪をかき上げて捲られたおかきのおでこには、もはや目を凝らして見なければわからないほど薄っすらとした痕しか残っていない。
SICKとパラソル製薬が共同極秘開発した軟膏に掛かれば、簡単な切り傷など一晩でほぼ完治できる。
「へー、それなら髪まとめても全然目立たないね。 ボクも一緒なら3人で海の人気は掻っ攫えたのに……」
「別に人気はほしくないのですが」
「とはいえ人目はどうしたって集まりそうね、おかきの隣にウカもいるもの」
カフカの容姿は総じて見目麗しい。
おかきはそのうえで黙っていても伝わる愛嬌や好かれやすさなどでAPPに補正が掛かっているが、ウカや忍愛が劣っているというわけではない。
まして今回は場所が場所、夏の陽気も合わせて他者からの注目を避けるのは難しいだろう。
「青凪クリスタルビーチ、青凪グループが経営するホテルと併設された海水浴場でこの夏遊びたい海ランキング堂々の1位。 ホテルの予約は2年先まで埋まっているほどで……」
「やめて新人ちゃん言わないで! ボクに聞かせないで! 嫉妬で狂いそうだから!」
「傷口に染みるから治るまで塩水は止めておきなさい、どんな雑菌が混ざってるかもわからないわよ」
「ち゛く゛し゛ょ~! 絶対に許さないぞあの狼ジジイ……パイセン、3日で治して追いつくからできるだけ粘って!」
「無茶言うなや、相手はバニ山やねんぞ」
「おーい、準備できたかカフカ諸君。 引率のエージェントも確保できたからそろそろ出発するよー」
「はーい。 と言わけでキューさんに呼ばれたのでそろそろ行きますね。 忍愛さんもお大事に」
「お土産ぇ……せめてお土産買ってきてぇ……できるだけ高いやつ……」
「カスが」
――――――――…………
――――……
――…
「いやー悪いね急かしちゃって、今日中にチェックインしておきたいからさ」
「もしかして例の青凪グループのホテルですか? 2年先まで予約待ちという……」
「いや、そこからちょっと離れたところにある潮音旅館ってところ。 ちょっと年季が入った建物だけど悪いところじゃない……はずだぜ!」
「なーんか雲行きが怪しいわね……まあ屋根さえあればなんとかなるわ、さっさと任務片付けて遊びましょ!」
「当たり前のようについてくる気なんやなお嬢」
宮古野率いる職員たちが発射準備を整える中、おかきたちは一般車両に偽装したSICK専用車にキャリーケースを積みこんでいく。
中身は1週間分の衣類や娯楽品など、ひっくり返して入念に漁らなければ二重底の下に小銃や警棒が隠されているとはだれも思わないだろう。
「場所の確認は必要ないね? 車内にパンフレットも置いてあるから内容に目を通しておいてくれ」
「大丈夫よ、それよりもおかき、あんた水着は準備したの?」
「えっ? いや、遊びに行くわけではないですし……」
「別に任務が終わったら余った時間で遊ぶぐらい許容するぜぃ」
「前にお姉さんのところで着せてもらった今年の新作水着は? あれ持っていきましょ!」
「発売前のものを持ち帰れるわけないじゃないですか、そもそも水着着て遊ぶつもりはないですからね!?」
日々感覚も麻痺しつつあるが、それでもおかきには元男として譲れない矜持がある。
ファッションショーはあくまで姉の顔を立てただけ、海辺での任務だろうと肌を晒す気は毛頭なかった。
「キュー、おかきに似合う水着を5秒で手配して!」
「ビーチでレンタルやってるからそこで探しておくれ、おいらも別の仕事あるからね」
「あれ、キューさんも一緒じゃないんですか?」
「おいらは夏の日射を浴びると溶けちゃうからさ」
「吸血鬼なん?」
「それに運転手も含めれば定員オーバーさ、というわけでそろそろやってくるはずだけど……」
「はぁい、呼ばれて飛び出てみんなの飯酒盃先生でぇーす。 海でただ酒飲めると聞いてやってきましたぁ」
「飲酒運転!」
タイミングを計ったようにノコノコと地下ドッグにやってきた飯酒盃の手には、すでに半分ほど中身を消費した焼酎ボトルが抱えられていた。
常人離れしたアルコール分解能力を持つエージェントだとしても当然アウトである。
「なぁに彼女に運転させるほどおいらも無責任じゃないさ。 エージェント飯酒盃、連れてきてくれた?」
「はいはい、ちょうど打ち合わせしてたところなのでそのまま流れで連れてきました。 入ってどうぞ~」
「やあやあ藍上くん! 嬉しいねえ、夏休みに入ってロリ成分が摂取できなくて先生餓死しちゃうところだったよ!!」
「キューさん、お腹痛くなってきたので帰っていいですか?」
「ダメだよ」
飯酒盃に追随して登場したのは、部外者ではあるがある意味ゆかりのある人物におかきは顔を顰める。
それは元公安であり現赤室学園教員であり現ロリコン、小山内教師であった。




