トンチキ海物語 ②
「バニ山バニ恵……さん? またずいぶんエキセントリックな名前ですね」
「元は“ユニバース・オーダーズ”というソーシャルゲームのキャラクターだ、聞いたことは?」
「昔テレビのCMで見かけたような気がしますね、たしか5つの異世界がなんやかんやして……」
「そうそう、剣と魔法のファンタジー世界や産業革命期のロンドンを模したサイバーパンク世界といった世界が現代地球にガッチャンコしてあら大変というストーリーだ」
「バニ恵のやつはその中でも科学技術が発展した世界から来たっちゅうキャラクターや、写真持ってへんのキューちゃん?」
「もちろんしっかり用意したぜぃ」
用意周到な宮古野がテーブルに滑らせたタブレットには、クラシカルなメイド服に身を包んだ女性が無表情のままカメラに視線を向けている。
絵に描いたような金髪碧眼、感情を感じさせない無機質な瞳、一見すれば貞淑な乙女にしか見えない。
頭頂部に装着されたウサギ耳型のヘッドドレスと顔の横に添えられたピースサインに目を瞑れば。
「この子がバニ山バニ恵、ウカっちのいう通り融合した世界の中で機械世界と呼ばれるユニバースからやってきたロボっ娘メイドだ」
「ロボっ娘メイド」
「ちなみに頭のバニーは本人の趣味らしい」
「趣味」
「特技はボール球をストライクに見せる捕球技術、座右の銘は出所が見にくいフォーム、チャームポイントはロケットパンチらしい」
「なるほど」
まだ少ない情報の中だがSICK切っての名探偵は短い見切りをつけ、1つの結論を下す。
これはトンチキ案件だな、と。
「ウカさん甘音さん河童さん、私も傷がまだ痛む気がするので一緒にボドゲでもしませんか? HANABIありますよ」
「ええなぁ」
「まあまあまあ待ってくれよ落ち着いておいらの話を聞いてくれ5分だけでもいい」
「キューがそこまで必死な時点でろくな案件じゃないのよ」
「そもそもそのバニ山さんは何をした方なんですか?」
「元々SICK所属のカフカだったんだけどね、カガチの野郎が離反した時にLABOへ身を移したんだよ」
「なるほど、つまり裏切り者へ報復するためおかきに捕まえて来いって……」
「違う違う違う、誤解だぜガハラ様ぁ! おいらたちSICKはクリーンな組織だよ☆」
「河童、ああいう連中は信じたらあかんで」
「カパ、河童心で理解した」
「あるぇー?」
舌を出して茶目っ気をたっぷり混ぜ込んだ宮古野の弁明はむしろ逆効果で、ドン引きするウカたちの心は余計に離れて行った。
「まあ半分冗談はさておき真面目な話をしようか。 バニ山バニ恵はLABOの内情を知る貴重なカフカだ、もしSICKに引き戻せたら有益な情報をもたらしてくれる……かもしれない」
「そこは断言しないのね」
「ついでにおかきちゃん、君はまだ命の危機を完全に脱したわけではないだろう?」
「それは……まあ、はい」
溺死と斬首を免れたおかきだが、まだまだ夏休みと死の予言は残されている。
宮古野がわざわざおかきへ仕事を振ったのも、死の未来を避けるための一環だ。
「バニ恵は思考回路こそショート寸前だけどボディーガードとしての性能は間違いない、もし彼女を味方に着ければ君の大きな力になってくれるはずだぜぃ」
「それは頼もしいですけど……SICKからLABOに移籍したんですよね? こちらの都合に合わせてくれるとは思えないのですが」
「その点は心配するだけ無駄やでおかき、アレは良くも悪くも予想がつかん」
「LABOに移ったのも“あっちの方がメイドし甲斐がある”って理由だったからね」
「つまりワンチャンあるってわけね」
「そんなギャンブル感覚で私の命運賭けられてます?」
「まあ他にも理由はあるよ、そもそもの話だけどバニ山バニ恵はカフカの中でも目立つ方だ。 バニー耳メイド服の金髪碧眼美少女が街中闊歩してたら嫌でも目を引くだろう?」
「おかきが静の美少女とすると動の美少女ってわけね」
「何を言ってるかわからないです甘音さん」
「世界の常識を覆すような異常分子をひた隠し、平穏を守る。 それがSICKの理念だ、今回もその仕事だと思ってほしい」
「なんだか言いくるめられてる気もしますが……」
一応は腕を組んで悩んだポーズを取っているが、おかきからすれば断る理由もない。
このままSICKの基地に籠っていれば予言の帳尻を合わせるために余計な被害を産むかもしれない、適当な任務に身を投じるのは願ったり叶ったりだ。
それにバニ恵がLABO関係者、というのがおかきには少し気になった。
(……オリジンを探せ)
それはいつか街中でカガチと遭遇した際、彼の口から告げられた言葉。
バニ恵もLABOに所属しているなら、おかきが求めていることに近づくヒントを持っているかもしれない。
「……わかりました、その任務引き受けます」
「よっし、言質取った! そうと決まれば朝食後に出発してしまおう、目的地はここだ」
宮古野がテーブルに置いたタブレットを操作して地図アプリを開く。
そして慣れた手つきで座標を入力すると、目的地となる地点を赤丸で囲んでおかきたちへタブレットを差し出した。
「ここって……もしかして」
「ふっふっふっ、夏と言えばやっぱりここだろう? とっておきの水着を用意しな諸君、SICKからとっておきの避暑地を用意してやるぜぃ!」




