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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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酷く篠突く雨の中 ⑤

 違和感はあった。


 なぜ、“かわばた様”の存在がSICKにマークすらされていない小さな暴力団に漏れていたのか。

 なぜ、そもそも村人によって殺されたはずの“かわばた様”は蘇ったのか。

 なぜ、SICKのエージェントともあろう者たちが存在を消されたのか。


 拭いきれない数々の違和感は「黒幕」というピースをはめることで完成する。 だからこそおかきも警戒していた。

 SICKに恨みを持ち、なおかつ暴力団とつながりを持つ存在を。


「――――っ……!」


 カメラを起動したまま真っ二つに切り裂かれたスマホがおかきの手から零れ落ちる。

 最期の画面に映っていたのは、雨の中に座り込む老人の姿()()()()()

 しかしおかきがカメラ越しに見たものは、老人の代わりにこちらを睨みつけるニホンオオカミの剝製だった。

 

「カパッ!? どうしたニンゲン!?」

 

「チッ……堅ぇな、刃が欠けちまった」


「防弾・防刃。防爆仕様の特別製なんですけどね……豆腐みたいに切らないでほしい……」


 おかきの視界がドロリと赤く染まる。

 スマホを切り捨てた斬撃は額まで届いており、こぼれた血が雨と混ざって流れ落ちるが、おかきは痛みも気にせず老人から目を離さない。

 暴力団とのつながりがあり、カメラを通すことでオオカミに見える老人。 そんな奇妙な特徴を持つ人物におかきは心当たりがあった。


「魔化狼組組長……大神おおかみ 虎次郎とらじろう……!」


「なんでぇ、知ってんのか小娘。 家族にも面割られてねぇってのによ」


 魔化狼組。 それはアクタ事件をきっかけにSICKが介入し、解体された危険組織だ。

 団員全員が人狼に変身する力を有していたが、所詮は暴力団。 麻里元まりもと率いるSICKの精鋭たちによって皆確保されたはずだが……


「ただ1人、組長であるあなただけは魔化狼組が瓦解した後も逃げおおせていた……カメラを通すとオオカミの姿に見える、でしたよね?」


「……余計なことまで知ってんなぁ、おめぇさん“すまほ”構えたのは偶然じゃねえな?」


 老人はいまだに背を向け、顔を見せようとしない。

 おかきが間一髪で命を繋いだのは、SICKのアーカイブから閲覧した情報と、彼が裏で糸を引いている可能性を考慮していたおかげだ。

 事前情報がなければ村人と思い、スマホを盾にする暇もなく切り捨てられていただろう。


「カパ……に、ニンゲン……なんだ、アレ……?」


「河童さん、詳しい説明はあとです。 私が合図したらコマキチさんに乗ってください、逃げますよ」


「――――逃がすと思ってんのかい?」


 老人……大神 虎次郎が大太刀を引き抜く。

 いくら刃渡りが長いとはいえ、両者の距離は刀が届く間合いではないが、スマホの末路を見たおかきはそんな楽観視はできない。


「コマキチさん、河童さんを!」


「あうん!」


 河童の首根っこを咥えたコマキチが後ろに飛んだ瞬間、おかきたちが立っていた足元に深い斬撃が刻まれる。

 虎次郎は座り込んだまま一歩も動いていない、ただ刀を鞘から引き抜いただけだ。


「カパー!!?」


(見えない斬撃……双葉少年のように特殊な刀……!?)


「なんてこたぁねえさ、ただの力技だ。 思いっきり振れぁ間合いなんざ関係ねえ」


 焦るおかきとは対照的に虎次郎は落ち着いた声でとつとつと語る。

 いまだその場から動いていないということは、たかだか数歩引いただけでは刀の間合いから逃れていないということ。

 対しておかきは唯一の連絡手段を物理的に断たれ、こうしている間にも刻一刻と“かわばた様”の到着は近づく。 状況は絶望的だ。


「……あなたの目的は何ですか? 魔化狼組は解体されたはず、いまさらこんなことをしても」


「御託が必要か?」


「…………」


 報復。 虎次郎の動機を語るならその2文字だけで十分だろう。

 忘れ去られた神を起こし、伝手のある組織を焚きつけ、SICKのエージェントを少しずつ始末する。

 たとえどれだけの労力が掛かろうと、その先に得られる利益がなかろうと、憎い相手の足を引っ張りたいという気持ちは何よりも優先される。 そこに交渉の余地がないなどおかきも重々承知している。


(だけどここで諦めては……なにか手は? 考えろ、武器は小銃とスタンガンならあるけどこの距離じゃ……!


「てめぇがSICKのモンってのはなんとなくわかんだよ、俺ぁ鼻が利くからよぉ……雨ン中でもあのムカつく赤髪女の臭いがプンプンしやがる」


「カパー!? どうするんだニンゲン、あいつヤバいぞ!? 色々混ざってる!」


「どうしようか今考え中です! しかし今回ばかりはちょっと厳しい……!」


「てめぇらはよぉ、なんでひでぇ真似ばっかしやがんだ? よくも俺の家族を……舎弟を……なぁ? あれだけ苦労して集めた俺の財産をよぉ、よくもよぉ」


 器用に刀を躍らせて鞘に納め、虎次郎は苛立つ気持ちを表すようにカチカチと鯉口を鳴らす。

 相変わらずこちらに顔は向けないが、おかきには彼の背中から立ちのぼる怒気が見えるような気さえした。


「SICKは根絶やす、だからてめぇも潰す。 四肢を千切ってあのヘビっこに食わせて、死ぬことすら許さねえ」


「っ……! 河童さんたちは関係ないでしょう、狙うならせめて私だけを狙いなさい!」


「うるせぇなぁガキがなぁ……もういいから去ねや」


(来る、斬撃……! 避け――――)


 虎次郎の手が刀の柄に伸びる。

 おかきの目では残像すら見えない斬撃。 もはや手元に盾もなく、次こそ虎次郎も確実に仕留めてくる。

 自分のフィジカルでは間違っても躱せない確実な死、それでもおかきは最後まで信じて敵から目を背けない。


「……時間、ギリギリ……これが限界です……!」


「――――そうだね、よく信じて時間稼いだよ新人ちゃん。 ()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


「っ!? チィッ!!」


 雨の弾幕を縫うように走る桃色の閃光が虎次郎と交錯する。

 刀と刀がぶつかり合い、火花が散る中、虎次郎と鍔迫り合うのはSICK切っての武闘派だ。


「可愛い可愛い忍愛ちゃん参上ってね! 新人ちゃんもボクの次に可愛いからってしつこく言い寄っちゃダメだよおじさぁ~ん?」


「どいつもこいつも……ムカつくなぁ、SICKよぉ……!」

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