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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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酷く篠突く雨の中 ②

 雨脚が強まる中、老婆は一人部屋の隅で居もしない神に祈っていた。

 なんとなくだがわかっている、次は自分の番だと。

 無駄だとはわかっている、あんな真似をしておいて自分が助かるわけがないと。


「――――よかった、どうやら目を覚ましたようですね」


「……なんだべまず、まだ居たんかおだづ」


 それでも祈りは届いたか、あるいは「天罰」が先に降ったのか、部屋の襖を開いたのは雨に濡れて長い髪が張り付いた童女だった。

 なぜかこの村の秘密を嗅ぎまわり、一度は老婆の手によって殺されかけた少女。

 しかし老婆も、わざわざ自分の目の前に戻ってきたこの少女をもう一度殺す気にはなれなかった。


「今度は他の()()は誰も居ませんよ、桶の水はシンクに流しましたが」


ふざける(おだづ)な、おらはそれどころでね」


「“かわばた様”の怒りに触れたから、ですか?」


 ずぶ濡れの少女……藍上 おかきの言葉に対する老婆の返答は、鋭く睨み返す視線だけだった。

 これがあの大蛇の視線ならばとっくに死んでいると思えるほどの、怒りと恨みがこもった目で。


「菜津さん、あなたが私を殺そうとした動機が分からなかった。 この村の秘密に関係しているのでしょうが、人を殺さなければならないほどの理由とは何か」


「…………」


「“かわばた様”の能力が良いヒントになりました、単刀直入に聞きます。 ()()()()()()()?」


 答えにたどり着いた探偵の追及に返答はなく、ただ窓を叩く雨の音だけが部屋を満たす。

 

「馬鹿馬鹿しいと思ったら笑ってください、なにせ証拠はすべて神様の腹の中です。 ここから先はすべて私の妄想に過ぎない」


「……笑わね、聞かせろ」


「まずダム建設業者……もう極道筋と表現してしまいましょう、彼らに抵抗していたのはこの村に隠したいなにかが存在するからです。 同時に彼らもまたこの村に用事があった」


「ふん、まだ生きてたかあの馬鹿だらども」


「我々が存在を認識しているということはそういうことでしょうね。 厄介なものです、神に捧げた人物は存在ごと忘れられてしまう……だからこそ彼らもその力を欲したのでは?」


 “かわばた様”に食われた人物は存在し記録ごと消失し、人々の記憶からも忘れられる。 表社会から背を向けて生きる人間にとってこれほど優秀な「ゴミ箱」はない。

 裏切り者の粛清から敵対者の始末、うるさい村人の排除まで悪用方法はいくらでも考えられる。


「私の勝手な推測ですが、おそらく村人も極道筋の方々もお互いにお互いを“かわばた様”に捧げていたのでは? 加速度的に餌が増えたなら消滅しかけていた神がここまで力を取り戻した理由もわかります」


「……神様が消えたわけでね、オラたちが消したんだ」


「子どもの間引きを隠すために、ですか」


 観念して絞り出すような老婆の言葉に間隙も入れずおかきが追随する。

 相変わらず老婆からの返答はないが、大きく見開かれた目が何よりもの答え合わせだろう。


「……なんで(なして)


「“かわばた様”は水に関わりの深い存在とお見受けします。 その神様に供物を捧げるならどのような形になるかはなんとなく想像がつきます」


 飢饉の時代ではありふれた話だ、労働力にならない子どもを口減らしとして切り捨てるなど。

 力の弱い、あるいは生まれたばかりの子を殺して川へ流す……その死体はやがて腐敗して変色し、内部でガスが膨れ、毛髪が抜け落ちて人とは思えぬ姿へと変わる。

 それはまるで――――


「――――カパ……」


「……山で“かわばた様”の社を見つけました、中の祭壇も一瞬ですがこの目で見ています。 蛇という先入観もあっても初めは抜け殻かと思いましたが、あそこに祀られていたのはへその緒ですね?」


「…………」


「水子供養も兼ねていたのでしょう。 ただ時代が変わっていき、子殺しは禁忌とされるようになった……だからあなたたちは血塗られた歴史を隠蔽しようとした、信仰していた神様ごと」


「おぇ……どこかでオラたづのこと見てたか?」


「いいえ、今日が初対面ですよ」


とんでもない(おどげでねえ)童だな……お前のいう通りで間違いね」


 どこか呆れた顔をした老婆はおかきに背を向け、部屋の隅に置かれた小さな仏壇に手を合わせる。

 線香1つ添えられていない仏壇には、名前が書いてある木札と何も書かれていない木札が何枚も立てかけられている。

 その比率はおよそ2:8、圧倒的に無名の札が多い。


「ここには村人の名前が書いてあんだ、たぶんな」


「たぶんって……」


「わがんね、何が消えたかも覚えてらんね。 ただ消えた数だけはわがんだ」


 木札の数は10や20ではない、どれほどの人間が犠牲になったか想像したおかきは戦慄する。

 そんな彼女を横目に、老婆は重々しい動作で仏壇に両手を合わせた。


「そら怒るなぁ……村の都合で祀られて、殺されて……神様はオラたづのこと殺す気だ」


「菜津さん、協力してください。 あれは放置すればこの村で収まらない被害を産みます」


 窓を叩く雨音は激しさを増している。

 それは“かわばた様”がこの村に近づいている証拠に他ならない。


「山で見たものは『拝殿』です、しかし周囲に『本殿』は見当たらなかった。 教えてください、あの神はどこで祀っていたんですか?」


「わがんね」


「…………わから、ない?」


「んだ、たぶん知ってるやつはアレが食っちまった。 オラが知ってるのは村の昏いとこだけだ」


 雨音は増している、ジワジワとおかきたちを追い詰めるかのように。


「なぁ……なんでオラたづは一度殺したもんを起こしづまったんだ? そげなことももう……わがんねんだ……」


 雨音は、増している。

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子の成れの果てがカパですか。伝承道理に。
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