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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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不在証明 ④

「…………どないする?」


「どうするもこうするも……このまま足踏みしてるわけにはいかないわよ」


「よし、行ってこい山田」


「山田言うなってちょっと悪花様押さないで押さなウワーッ!!?」


 キャンピングカーから押し出された忍愛の姿が怒涛の雨に飲み込まれる。

 外に身を乗り出したのはほんの一瞬、それでも全身ずぶ濡れとなった忍愛はたまらず車内に避難した。


「ゲッホゴホバホウェッ!! 駄目だよこれ無理無理、息できないもん!!」


「山田で無理なら私たちじゃどう頑張っても無理ね」


「せやな、そういえばあの変態シスターはどないした? 死んだか?」


「うふふ、わたくしの心配をしてくれるなんて今日は吉日ですわ」


「うわでた」


 忍愛すら参った雨の弾幕を抜け、嬉々とした表情の子子子ねじこが悠々と車内に乗り込む。

 服の裾すら濡れていない彼女の手には、玉虫色交じりの黒い傘が握られていた。


「子子子……なんですかその傘は」


「うふふ、テケちゃんですわ。 このように体積以下なら形状変化もお手の物」


「テケリッ」


「カパッ! テケちゃんも無事だったか!」


「わふん!」


「どうやら子子子の奇跡はあの泥田坊と出会ったときから発動していたようですね」


『えっ、待っておかきちゃん? 今そこに子子子子子子子がいる? 車内に? SICKの技術満載車両の中に???』


「うふふ、そんなこと些事ですわ。 それより皆さま、私が車内に避難しなければならなかった、ということが問題では?」


「ウワーッ! まずいよ新人ちゃん、水がすぐそこまで来てる!」


 キャンピングカーが設置されていたのは川辺、おかきたちはそこから一歩も車を動かしていない。

 急激に雨脚が強まった影響により、氾濫した川の水嵩がドアのステップ下まで迫っていた。


「おかき、扉閉めろ! 中まで浸水するぞ!」


「は、はい! ……って、悪花さん何してるんです?」


 今にも車内まで届きそうな水を慌てて締め出すおかき、その背後では悪花が運転席に繋がる扉に手をかけていた。

 疑問を口にしながらも、何をするかなんてわかり切っている。 しかしそれは学生という身分から無意識に外していた選択肢だ。


「俺らが乗ってんのは秘密基地じゃねえ、車だ。 動かすに決まってんだろ」


「う、動かすって悪花アンタ……免許は!?」


「学生の身分で持ってるわけねえだろ、けど単車なら乗り慣れてる」


「バイク免許は?」


「…………」


 一瞬気まずそうな沈黙が流れ、曖昧に微笑んだ悪花は逃げるように運転席の扉を開けて中から施錠。

 遅れて甘音が扉に張り付くが、旅客機のコックピットよりも硬い扉はもはやビクともしなかった。


「バイク免許は!? そもそもハンドルの形からしてだいぶ違うでしょ!?」


「おかきが握るよりはマシだろ」


「えへへ」


「新人ちゃん、別に褒められてないからね?」


「変態シスター! あんたは運転できないの!?」


「わたくし他人の人生は握ろうともハンドルは握らない主義でして」


「シンプルにカス!」


「やっぱ今からでも叩きだした方がええんとちゃう?」


「ンな暇ねえ! キュー、状況は聞こえてるな!?」


『な――――……無茶――――……悪花――――……』


「あっ? なんて? おいキュー、聞こえるか? おい!!」


 悪花の呼びかけも虚しく、途切れ途切れの通信は回復することなく、まもなく途絶する。

 悪花も何度か復帰を試みるが不可能であると悟ると、舌打ちを鳴らしてエンジンを掛けた。


「ま、マジで運転する気なの!?」


「心配すンな、経験ならある」


「あっちゃダメなのよ!?」


「あってもなくても行くしかねえんだよ。 山田、お前SICKと連絡着くか?」


「ごめーん、ボクらも試してるけど電波が届かないみたい!」


「砂漠のど真ん中だろうと繋がるSICK製の端末が豪雨程度で途切れるわけがねえんだ、俺たちは明確に妨害を受けている!」


「“かわばた様”に、でございますね?」


 子子子子子子子が嬉々とした声を上げる。

 外は豪雨、氾濫した川がすぐそこまで迫っているというのに、キラキラと輝く彼女の目はまるで遊園地で遊ぶ子供のようだった。


「おかきさんが確信に近づいているので“かわばた様”も目の色を変えて我々を阻んでいるのでしょう。 ふふ、この状況はまさしく蛇に睨まれた蛙というところでしょうか」


「パイセン、なんとか話し合いに持ち込めない!?」


「無理や、完璧にうちらのこと敵対視しとる! しかもうちに気づかせずコマキチたちの気配に紛れてここまでコト進めてたんや、殺す気しかないで」


「だが、逆に言えば“かわばた様”から見て()()()()()()()()()()()()()()ことだ」


 いよいよ悪花がアクセルを踏み始めたのか、車体がゆっくりと動き出す。

 見た目はキャンピングカーだが宮古野みやこの製の走破性能は抜群で、速度を上げていけば危なげもなく浸水した川辺から抜け出すこともできるだろう。


「おい河童! お前さっきおかきと話してた社の場所は分かるな!?」


「カパッ!? わ、わかるぞっ! けどなんでそんなこと……」


「情報は足らねえがそこに蛇神が祀られてたならぶっ壊せば止められるかもしれねえ! このままじゃじり貧だ、案内しろ!!」


「カパー!!?」


祀られていた力の根源を破壊すれば“かわばた様”も消滅する、悪花の推測にはその道に精通するウカでさえ異論はない。

しかしおかきだけは社の破壊という結論に対して首を横に振った。


「いいえ悪花さん、まずは村に向かってください!」


「ハァ!? 正気かおかき、見ての通り余裕はねえぞ!?」


「忍愛さん、函船村の住民は何人でしたっけ?」


「えーっと……ボクが見た感じ2()()3()0()()()()って感じだったけど?」


「あうん?」


「……やはり村に向かいましょう、頼めますか悪花さん?」


「ああもう、わかったよ! 説明は後で聞くから全員なにかに掴まっとけ!!」


 これ以上の問答は致命的なロスになると判断し、悪花はおかきの判断を信じてアクセルを踏み込む。

 一瞬グンと力を溜めた車体は一気に加速し、村への道なき道を進み始めた。

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