魔法戦士ここにあり ③
「あぁ? 誰だよ、お前」
「……魔女集会所属、神薙ミュウ……です」
扉が立てるがらんがらんという耳障りな反響音と、立ち込める砂埃が次第に収まっていく。
やけに風通しが良くなった入り口から部屋に踏み入ったミュウは、臆することなく静かにレキを見つめていた。
「ゲホッ……ミュウ、さん……」
突然の乱入にレキの意識が逸れたせいか、おかきの首を締め上げていた不可視の拘束は解けていた。
涙と酸素不足で朦朧とする視界の中、おかきは息も絶え絶えにミュウの名を呼ぶ。
「ミュウ? ああ、ババ抜きでソッコー負けてたガキね。 次元、あんた分断したはずじゃないの?」
「したよ、ミスはない。 こいつも鎌瀬のやつが始末する予定だったけど」
「この人、です?」
ミュウは片手で引きずっていた“それ”を部屋の中へ投げ捨てる。
ひしゃげた扉の上に落下したのは、青痣まみれの顔面がボコボコに腫れあがった成人男性だった。
「……いや、原形ねえし。 たぶんこいつだけど、死んでんのこれ?」
「気絶してるだけっぽい。 こいつも弱い能力者じゃないんだけど、それをほぼ無傷で倒すかよ」
次元という少年の言葉通り、ミュウには一切の出血やケガはなく、服装もほころび一つ見当たらない。
もしもおかきたちが1人ずつ分断されていたのなら、あの哀れな顔面と化した男はミュウが倒したことになる。
「その人から、聞きだしたです……バラバラは、危険ですので」
鎌瀬と呼ばれた男を足蹴にする姉弟を横目に、ミュウはおかきの元へ歩み寄る。
そのままコートの汚れを払い、脈を取り、おかきの生存を確認すると、彼女はほっと安堵の息をこぼした。
「おいおいおーい、なに無視してんだよガキ! 年上に向かって生意気だなぁ、ぶっ殺すぞ!」
「……簡単に殺すとか言う人、嫌いです」
「あっ?」
顔を伏せたまま、ミュウは防寒具の袖に片手を突っ込むと、その内側から細長い棒状のものを取り出す。
そのままレキたちの方へ振り返ると、手にしたものを2人へ向けて構えた。
艶消しが吹かれた樹脂製に見えるそれは、先端に星の意匠を取り付けた特殊警棒だ。
「―――――ピュア・チェンジ、です」
そして、彼女に宿ったカフカの設定に準ずる呪文を唱えた瞬間、ミュウの体が眩しい光と目も開けていられない暴風に包まれた。
『……し……もしもし……もしもぉーし! 聞こえてたら返事してくれー!』
「っ……その声、キューさんですか? こちらおかきです」
『おっ、良かったやっと繋がった! 無事かな、よければ状況報告を頼みたい!』
イヤリング越しに聞こえてきた声は、異空間へ突入した際に一度は途切れた宮古野のものだ。
ところどころノイズが含まれているが、かろうじて通信が回復したらしい。
「えーと、ミュウさんと合流しました。 ちょうど今光り輝いてます!」
『OK、混乱してることはよく分かった。 悪花、パス!』
『あいよ。 おかき、それはミュウの能力だ。 ちょうど変身プロセスに入ったところだろ』
「へ、変身……?」
『なんだ知らないのか、ミュウは魔法少女だよ。 毎週日曜朝にやってるだろ?』
「魔法……少女?」
「―――変身、完了です」
おかきが通信に意識を割いている間に、ミュウの変身も完了していた。
彼女は先ほどまでの暖かい防寒具ではなく、黒い軍服……いや、看守服に身を包んでいる。
肩にかけたマントは余韻ではためき、警棒を地面に突き立てる威風堂々なその様は、おかきの袖を掴んでいたあの少女とはまるで別人のようだ。
「さっさとお縄に……おつきなさい、ですっ」
「「……ピュアポリだ」」
「なんて???」
『ピュアポリス、日曜朝に放送してる大人気少女向けアニメだな。 ミュウの発症モデルはまさしくそれだ』
「マ? 初代だぞ初代、なっつ」
「仮面アクターと一緒に見てたな、よくできたコスプレじゃないか……」
「ああ、たまにテレビやお店で見かけるような。 あれって全部同じじゃないんですか?」
『おかきちゃん、その話は戦争を招くから控えるんだ』
おかきがこうしてのんきに宮古野たちと通信を交わすほど、レキたちには大きな隙が生まれていた。
かつての憧れが目の前にいるという感動は計り知れない、たとえそれが病によってもたらされた虚構だとしても。
「悪花さん。 重要なことですけど、ミュウさんは強いですか?」
『強いよ、オレが保証する。 性格はおどおどしてるけどな、ああ見えてミュウはバチバチの武闘派だ』
「いく……ですっ」
「はっ!? ヤバッ、気ぃ抜けてる場合じゃなかった!」
力をため、強く地面を踏みしめたミュウの体が弾丸のようにレキへと突っ込む。
我に返ったレキは足元の扉を念動力で持ち上げ、盾として構えたその瞬間、鉄扉とミュウの拳が轟音を立てて衝突した。
『ぐわあぁー!? 通信機越しでも堪える騒音!!』
「はっ、変身にゃビビったけどザマァ! おててグッチャグチャになっちゃったかなぁ!」
除夜の鐘を全力で叩いたような音と腹に響く振動は、激突の衝撃を如実に物語っている。
ミュウの速度を考えれば、複雑骨折どころか腕が粉砕する光景がおかきの脳裏をよぎった。
「……この程度、どうってことないです」
「はっ? な、おま、はァ!?」
しかし現実はスプラッタな想像を裏切り、ミュウの拳は鉄の扉を貫通していた。
骨折どころか拳の表皮すら傷ついておらず、貫通した腕はレキの目前数センチの距離まで迫っている。
もしも障害物がなければ、この威力が自分の顔面に直撃していた事実に青ざめ、彼女は壁際まで跳んでミュウと距離を取った。
「おい、次元! 手ぇ貸せ、このコスプレガキマジでヤバイ!!」
「分かってる、ついでにサインでももらってくるか?」
「いらねえよバカ死ね!!」
『おかき、今のうちに下がってろ。 あれに巻き込まれたらただじゃ済まねえぞ』
「あ、あの……もしかしてピュアポリというのは」
『ああ、知らないなら驚くよねぇ。 そうだよおかきちゃん、ピュアポリシリーズは魔法少女を名乗っているけど――――ゴリッゴリの武闘派だよ』




